重なる月

志生帆 海

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11章

番外編 安志&涼 『SUMMER VACATION』7

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 バスタオルを取りに行くはずだった。

 なのに青い芝生の上でぶつかった肌色の塊。

 尻もちをついて見上げると……さっきまで夏用の道服《どうふく》を着ていた男性だった。

「えっ……またハダカ!!」

 どうなってんの? この寺の人たちって!

 思わず叫んでしまった。

 翠さんはその声に冷静に反応して、慌てて股間を手で押さえた。

 えっと……えっと……手で隠したって……今更のような。目のやり場に困るんですけど。

 年齢を感じさせない美しい身体だな。ん?今度は手で隠したら収まる程度か。あーもしかしてサイズ同じくらいかな。

 という事は……やっぱり安志さんのサイズって規格外!?

 いやいや人様のサイズが気になる自分に、ブンブンと頭を振って邪念を追い出した。

「わっ失礼したね。こんな姿で。君たちが溺れたのかと思って、着替え途中で飛び出して来てしまったんだ」

「あっそうだったのですね。驚かせてすいません。プールの中で洋兄さんと転んだけど、この通りピンピンしていますよ」

「そうなのか、よかったよ」

 話していると、バサッとバスタオルが降ってきた。

「なっ何?」
「ほらよ。これ探してんの?」

 真夏の太陽を背に立つ逞しい身体つきの男性だ。健康的に焼けた肌に浮かぶ汗が似合っている。

 彼はえっと……翠さんの弟の流さんだ。

「あっその……安志さんが裸だったから、せめてバスタオルでもと思って」

「おいおい、日本男児たるもの、そんなんじゃだめだろ。ここは男しかいないんだから、もっと豪快にいこうぜ! いっそのこと全員裸とかさ。ほら君もそんなに着込んで男らしくないぞ。全部脱いじゃえよ」

 流さんが今にも僕の水着を脱がそうと、近づいてきた。

「えええーーー!」

 今日何度目の悲鳴だろう!

「こらっ流。はしたないことを!」

 翠さんがすくっと立ち上がって、流さんに向かって兄らしい凛として面持ちで告げる。
 
 あのぉ……でも、そういう翠さんが真っ裸なんですけど……

 芸術的な丸みを帯びたお尻を間近に見つめ、茫然としてしまった。

「兄さんさぁ……その姿で言っても、さぁもう早く隠してくださいよ」

 流さんも苦笑していた。どうやらこの人はお兄さんのことが大好きなようだ。

「あっ!」

 そこでやっと翠さんは自分の姿を思い出したようで、頬を染めた。

 へぇ……天然なのか。ずっと年上なのに可愛らしい人だ。

「流っ、早くそのタオル貸してくれ」
「いやだね。ほら、とにかくプールに入ろうぜ!」
「あっ流、待てよ」

 流さんはプールに走り出すと思いきや立ち止まり、よく似合っていた黒いショートボクサータイプの水着を一気に下げ、脱ぎ捨てた。

 っていうか……天高く放り投げた。

 黒い水着は天高く舞って……木立に消えていった。


****

「涼、どうした?」

 涼の悲鳴が聞こえたので慌てて見ると、翠さんと正面衝突してしまったようだ。

 最初は、よく見えなかった。涼の陰に隠れて、翠さんの顔しか。でも翠さんがおもむろに立ち上がった姿に、目が点になってしまった。

 絶句していると、安志もすぐ横から覗き込んだ。

「へぇ~あの綺麗なお兄さんもやるなぁ」

「馬鹿! きっと着替え途中だったのに、俺たちの悲鳴に驚いて駆けつけてくれたんだよ」

「わっそうか、へへ、悪かったな」

 笑うたびに股間もぶらぶら……情けなく揺れている。

 はぁお前って奴は……ため息が漏れるよ。

「安志……その少しは隠すとか……恥じらいはないのか」

「だって風呂だと思えば恥ずかしくなくてさ。あー風呂といえば懐かしいな。洋が一時帰国したとき涼と三人で銭湯にいったよな。天使二人に囲まれて幸せだったよ」

 鼻の下を伸ばしているので、その背中をぴしゃりと叩いてやった。

「いてっ、なぁ洋も脱いでみろよ」

「はっ?」

「だってさぁ滅多にない機会じゃん。こんなプライベートプール。アッ見てみろよ! 流さんも脱いだぜ。あーあー派手に。水着どっかにすっ飛んでいったぜ」

「ええっ?」

 驚いてみれば、流さんまで裸になっていた。

 真っ裸!

 水着は天高く舞い上がり木立の中に消えていった。

 豪快すぎだろ。

 これで三人目の裸族だよ。

「くくっ……」

 なんだか俺ももうどうでもよくなって、おかしくなって腹を抱え笑ってしまった。

 するとプールに次々に裸体の男たちが飛び込んできた。

 なんという解放感なんだ!

 青いプールに、それぞれの尻が見え隠れ。

 解放感に溢れ、気持ち良さそうだ。

 涼がいつの間にか隣にやってきた。
 
「洋兄さん、ここの人たちおかしすぎ。水着をちゃんと着ている方がバカみたいだね。ねぇもういっそ僕たちも脱いじゃおうか」

 涼の甘い誘いが、なんだか妙に美味しそうに感じた。

 おかしいな。

 普段だったら……絶対にこんな風に羽目は外さないのに。



****

 今日は珍しいことに外来が時間より早く終わった。

 盆休みが近いせいか患者がはけると、病院内はいつになく閑散とした雰囲気になっていった。

「丈先生、今日はもうおあがりください」
「そうか」
「もともと明日からじゃなくて、今日から休みを申請していたじゃないですか」
「まぁね。じゃあお言葉に甘えて帰らせてもらおう」

 思ったよりもずっと早い帰宅だ。

 この時間なら、まだ皆あのプールで遊んでいる頃かもしれないな。

 腕時計を見ながら、自然と頬が緩んだ。

 不思議な高揚感だった。

 こんな風に夏休みを心待ちにするなんて、幼い子供みたいだ。

 いや、子供の頃よりも楽しみかもしれない。

 今晩から洋とゆっくり暮らせるので楽しみだ。

 洋が私が買ってあげたあのプールで、伸び伸びと過ごす姿も早く見たかった。

 足早に白衣を着替え、駐車場へ向かった。

 ドアを開けた途端、人とぶつかりそうになった。

「あっ失礼」

 振り返った顔にはっとした。彼は代打で来ている先輩だった。

 彼は代打でたまにこの病院に来てくれる、私の大学の一つ上の先輩医師だ。

 いつぞや洋が貧血で倒れた時に、私より先に洋を介抱した人で、あの件に関しては、若干悔しい思いをした。

 目が合うと、余裕の笑みで話しかけられた。

 学生時代は難しい顔をしていることが多かったのに、先輩の柔和な笑みに少し驚いた。

「張矢も、もう帰るのか」
「ええ」
「俺もだ」
「先輩……なんだか嬉しそうですね」
「そうか。そういうお前の方が幸せそうな雰囲気だぞ」
「……そう見えますか」
「あぁ、この前会った時から思っていたよ」

 急に核心をつかれて照れくさくなってしまった。ポーカーフェイスを装うのも大変だ。

「先輩には何でもお見通しのようですね。実は、これから夏休みに入るので、柄にもなく嬉しいんですよ」
「お前? そんな素直な反応する人間だったか」
「……違いましたね。でも人は変われるものです。環境や状況に応じて変化していくものですね」
「そうか……それもそうだな」
「ええ、あっ私の車は向こうです」
「そうか。俺の車はあっちだから」
「じゃあここで。先輩もよい休みを」
「お互いにな」

 少しだけ一緒に歩いてから、先輩とは別れた。

 去っていく先輩の背中に、私と同じものを感じた。

 大切な人を守りたい。

 そんな覚悟を背負った背中だ。

 これから先輩も大切な人に会いに行くのですか。

 そう聞いてみたくなった。












あとがき (不要な方はスルー)



****

さてさて、このコメディタッチの夏の特番もあと少し……かな。
最後の一人が、月影寺に戻っていきます。どうなるかしら?
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