重なる月

志生帆 海

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11章

番外編 安志&涼 『SUMMER VACATION』4

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 白くて長い布。
 
 うぉぉ、これってあれだよな。あれ……

「うん褌《ふんどし》。去年の宮崎旅行でハマってしまってね。どうだろう?君に似合いそうだが……」

 翠さんが仏のような穏やかな笑みで勧めてくる。

 本当にこの人は浮世離れしている。

 いやいや、そうじゃない。

 流石に俺は恋人と来ているのに、褌はないだろう?

 あーなんで新調したばかりの水着を干したまま忘れるんだよ。洗うんじゃなかった!

「あぁ心配しないで。締め方が分からないから不安なんだね。大丈夫だよ。僕が手伝ってあげるから……さぁ脱いでごらん」

「いや……その……あーーーやっぱりいいです!」

 俺は逃げるように、その場から去っていた。

 全く俺は……何を恥ずかしがっている。

 忘れたなら、素直に認めろ。

 男なら潔く行け!



****

「あっ安志くん待って!」

 呼び止めたのに、彼は顔を真っ赤にして逃げるように去ってしまった。

 ポカンと小さくなっていく後ろ姿を眺めていると、流に思いっきり笑われた。

「はははっ! 彼はなかなか精神を鍛えているようだな。実に逞しいな。翠に靡かなかったのはすごいことだ!俺も見習いたい」

「流、どういう意味だよ? それ」

「あいつはきっと。くくく、洋くんが目をまるくするかな。それとも涼くんが卒倒するかもな」

「……?」
「さてと、じゃあこの褌は翠がつけるといい」
「僕が……なんで?」

 流はしたり顔で話を続けた。

「この白い褌はもともと翠のものだったろう。あの宮崎でもらったものだし」
「それはそうだが……でも」
「翠は人に勧めるだけで、まだ自分で締めれないのか」

 そう言われると、僕の長男の血が騒いでしまうのに。

「……そんなことないよ。僕だってあれから練習してちゃんと出来るようになったんだ」
「へぇ、じゃあひとりでつけて見ろよ」
「いいよ! 貸して」

 ついムキになって、流の手から褌を奪いとってしまった。

「ここで見ているよ」
「……恥ずかしい」
「大丈夫だ。ここには俺しかいない」
「う……ん」
「じゃあ脱衣場で」

 流に腕をひっぱられ、脱衣場に入った。脱衣場といっても風呂場と繋がっているし、ガラス張りで丸見えなんだけどな。

 僕は着ていた和装を脱ぎ捨てて、下着姿になった。

 少し迷いながらそっと下着を脱いでいくと、流の視線も一緒に下半身を舐めるように移動したのを感じで、ゾクゾクしてしまった。

 僕、何を期待して……?

「……お前は、いやらしい目をしているな」
「今から視姦する」
「おっ、おい!」

****

「洋兄さん、プール気持ちいいね! 思ったより深いし」
「うん、そうだな」

 プールの水はひんやりと冷たくて気持ちがいいし、まだ洋兄さんと二人きりなので広々と使える。

 洋兄さんも気持ち良さそうに泳いでいた。

 まぁ泳ぐといっても5m程度の距離だけど、簡易プールでこの規模は申し分ない。久しぶりに人の目を気にせず、のびのびと過ごせて僕の心も解放感で一杯だ。

「それにしても、安志さん遅いね」
「うーん……流さんと翠さんも一癖も二癖もあるから、どう料理されているか」

 洋兄さんは楽しそうに笑っていた。

「え? どういう意味」
「ちなみに宮崎では褌姿だったよ」
「えー褌?」
「ははっもしかしたら安志も餌食になったかも。あーそれ見たいな!」
 
 今度は洋兄さんが声をあげて笑った。

 よほど楽しい思い出だったみたいだ。

「ええっ」
「ふふっ、でも安志なら似合うかもよ。あいつ和風モードだし」
「いやいや、そんな、だって褌なんて困るよ。ほら前も後ろも際どいから、あー心配だ。そんな姿を洋兄さんに見せることになったらどうしよう」
「ん? 大丈夫だよ。俺はあいつの裸なんて見慣れているよ」
「えっ!!」

 その発言には、流石に動揺してしまった。

「あ……いや、小さい頃一緒に安志の家に泊まった時にさ、お風呂に入ったとかそういうレベルのこと」
「あぁ……なんだ、そういうことか」
「うん、だってアイツは涼のものだろう。その上手くいっているのか」

 洋兄さんがすっと真顔になったので、正直に答えた。

「僕たち、あの春の事件からまた一層絆が深まったと思うよ」
「そうだな。見ていると分かるよ。幸せそうな雰囲気が滲み出ているもんな」
「ありがとう。でももうダメだよ。安志さんの裸はもう見たらダメだ」
「へぇ涼って……案外独占欲強いのな」
「当たり前だ。安志さんの身体、すごくかっこいいんだ。鍛えられていて」

 そこで洋兄さんは顔を上げ、遠くを見つめた。

 その顔色が、みるみる……

「はいはいお惚気だな。あっ噂をすれば安志がこっちに来るよ……あれ?あ──っ!!」



 洋兄さんの驚愕の声につられて僕も振り返ってみた。


 ……固まってしまった!





 ちょっと?

 な……んで?



 真っ裸なんだよぉぉぉ!!!!!




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