重なる月

志生帆 海

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11章

解けていく 27

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 丹念に身体を洗ってもらい、再び湯船に浸かった。

 丈と暮らすようになってから、もう何度もした行為だ。

 今日は丈の広い胸にもたれると、まるで小さな子供に戻ったように心地良かった。丈も俺の甘えたい気持ちを察してくれるようで、何も言わずに抱き留めてくれた。

 こんな時間も、いいものだ。

 もう一人で隠れなくていい。

 逃げ惑うこともない。

 丈がいつでも待っていてくれる。

 それが嬉しくて溜まらないよ。

 人は安心すると眠くなるものなのか。

 湯船の中で俺は船を漕ぎだしていた。

「洋……眠たくなったのか」
「う……ん」
「しょうがないな。ほら風邪ひくぞ」
「分かってる……」
「まったく今日は甘えん坊だな。ほら連れて行ってやるから」

 丈が突然俺を横抱きにし湯船から立ち上がったので、驚いてしがみついてしまった。

「わっ」

 そのまま脱衣場ですぐにバスローブを羽織らせてくれた。そして籐の椅子に座らせてもらった。

「ほら、拭いてあげよう」

 俺の足元に、丈が跪く。

 何の迷いもなく、そんな姿勢をとる丈の姿にドキッとした。

「いいって! そんなの自分で出来る!」
「いいから」

 足首を支えられ、足の指一本一本を丹念にタオルで拭いてくれる。

 俺のことを宝物のように見つめ扱ってくれる丈の姿を見ていると、突然胸が締め付けられるように苦しくなった。

「うっ……」
「洋?」

 丈にそんなことをしてもらうのは申し訳ない。

 いつになく不思議な気持ちの狭間で、俺の心は揺れ動く。

「俺にどうして……いつも……そんなことまで」
「ん?どうした? 今日はいちいち抵抗するな。いつもしてやるだろう」
「だが」

 なんとなく目を合わせられなくて逸らしてしまった。

 自分でもわかっている。今日どうして俺が……いつもしてもらう行為が気になっているのか。

 外で働いている丈の姿を見たからだ。あまりに立派すぎて、気後れしてしまった。

 そして今までなんの不安にも感じていなかったこと。

 丈が俺以外の人に目を向けたら……という不安。

 そんなことまで、考えてしまったからだ。

 大丈夫だってことは、ちゃんとわかっているのに……今だってさっきだって、丈は俺だけを見つめてくれているのに。

 あんなに湯船で心地よく抱かれ、今だってこんなことまで施してくれる人……俺のために、何もかも投げ出してしまう人だ。

「洋は今日はずいぶん可愛いな。なんだかいつもより幼く感じる」
「丈っ」

 思わず丈の首に腕をまわし、抱きついてしまった。

****

 こんな洋は珍しい。

 綺麗に身体を洗い湯船に浸かると、自分から甘えるような仕草で、私の胸にもたれてきた。覗き見ると人恋しいのか……切なげに揺れる瞳と目が合った。

 そんな洋に対する私の手は、急に紳士になってしまった。

 今の洋が欲しいのは、愛撫ではなく安堵か………

 のぼせそうな洋を風呂から攫い、脱衣場でつま先から拭いてやると困った顔をした。よく見るといろんな感情を使いすぎたせいで、疲れた顔をしていた。

 だから……いつもならこのままベッドに押し倒し抱いてしまうのに、今日は躊躇してしまった。

 甘えたい気分なのだろう、幼子のように。

 洋の生い立ちに想いを馳せる。

 決して幸せとはいえない道のりだった。

 本来の洋は、少しいたずらっ子で甘えん坊の性格だったに違いない。

 実父が交通事故で亡くなったのは、小学生の低学年だと聞いている。

 残された母と子……実母は駆け落ちをしたもののお嬢さん育ちが抜けず、洋にとって頼り甲斐のある存在ではなかったのが窺える。

 貧しい生活だったとも聞いていた。

 そしてあの義父との再婚、母親の死。

 幼い洋にとって……その環境の変化は相当厳しいものだったのだろう。

 幼い頃からしみ込んだ、自己防衛機能。

 甘える場所がないから、隠れて逃げて小さくなっていた。

 変に突っ張ってみせてはいたが、脆い薄はりの硝子のような心。

 長年染みついたそんな生き方は、今も洋の根底に色濃く残っているのを感じてしまう。

 だからこそ、私はそんな洋のすべてを受け止めてやりたくて……

 洋のことなら手取り足取り……してあげたくなってしまうのだ。

 北鎌倉にやってきてから洋の心も落ち着いて、隠してしまう前の持って生まれた性格も復活し出し……自分で頑張ってみようとも、隠れていないで外に出てみようという気になっていたのだが。

 だからこそ京都まで私を追いかけてきてくれた。

 だが今日はさすがに刺激が強すぎたな。

 ある意味純粋培養のように育った存在なんだよ。洋は……

 だから汚されたくないし汚したくないという過保護な気持ちが湧き起こり、こんな風に宝物のように扱うことで、私が満足したいのかもしれない。

 洋の揺れ動く感情。

 それをすべて受け止めてやりたい……願うのはそれだけだ。

 すると洋がふわっと私に抱きついてきた。

「どうした?」
「丈っ……」

 そのまま細い腰を抱きしめ肩をさすってやると、目をこすって眠そうな仕草をしたので、このまま寝てしまうのかと少し残念にも思った。

 でも今宵はそれでもいいと思った。

 洋の感情に、ただただ……寄り添ってやりたいから。

「洋? もう眠いのだろう。もうお休み」
「いやだ。丈と寝たい……」
「……それってどういう意味だ」
「……カラダを……重ねたい……」

 耳を赤く染めながら、私の肩口で色っぽい声をあげてくれた。






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