重なる月

志生帆 海

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11章

解けていく 24

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「翠……もう一杯どうだ?」
「いや、もうやめておくよ」
 
 翠は頬を少し赤く染め、眠たそうな様子だ。それもそうだろう。体調が万全ではないのに俺に付き合って飲んでくれたのだから。

 昨夜は野宿のようなものだったろうし、今朝は熱を出していた。

 もうそろそろ……帰してやるか。

 本当は『翠』という酒をこの店で飲むたびに、お前のこと思い出していた。なんて俺が今更告げても、負担になるだけだろうな。

 グイっとお猪口に入った酒を、浴びるように飲み干した。

 俺の様子を、翠はじっと見つめていた。

「道昭……ありがとう。お前はずっと僕のこと心配してくれていたのだろう?」
「えっ」

 まるで俺の心の声が聞こえたかのような反応に、少なからず動揺してしまう。

「今日、ここに連れて来てくれてありがとう。久しぶりだったよ。こんな風に友人と一緒にゆっくり酒を飲み交わすなんて……本当に楽しかったよ」
「あっああ、そろそろ帰るか」
「そうだね」

 友人として出来る限りのことはした。それだけさ……

 席を立った時、ふと……隣の席の青年と目があった。

 綺麗な顔立ちの青年と少し年上の男性が飲んでいるのも『翠』という酒だった。

 その青年は、どうやら翠のことを見つめていたようだ。

 翠は自分では意識していないようだが、人目をひく品の良さとたおやかな雰囲気を持った男だった。

 大学時代も……今も。

 いつもそんな翠の横を歩くのが心地良かった。

 憧れにも似た視線を送られて得意気だったのは、俺の方か。

 ふと、今宵は久しぶりにそんなことを思い出した。


****

「じゃあ、翠、おやすみ」
「ありがとう、また明日な」

 道昭と別れ自分の部屋に戻ると、もう流が戻っていた。

 もう一度風呂に入ったらしく、濡れた髪のまま肩にタオルをかけて、浴衣姿で窓際の椅子に座っていた。

 凛々しい男らしいシルエットだと思わず目を細めてしまう。

 ここにいる男は、僕の自慢の弟でもあり、僕の想い人だ。

「流、ただいま」
「遅かったな」
「これ、土産だ」
「何?」
「道昭に連れて行ってもらった店で、こんなお酒を扱っていたんだ」
「どれ?」

 手提げ袋から出して、酒のラベルを流が見た。

「『翠』か!」
「あぁ今から飲むか」
「いや翠はもう酔っぱらいだろ。目元が潤んでいるぞ」
「まだ飲めるよ。お前は何も飲んでいないのだろう? 悪かったな、僕だけ」
「いいんだ。それよりもう熱はないか」
「大丈夫」
「ならいいな」
「何が?」
「酒よりもさ、翠を飲みたい、そう飲みたいな、あれをくれよ」
「あれって?」

 言い返して、まさかっと顔が火を噴いたように赤くなった。

「ばっバカ! お前はもう……いつもそんなことばかり言って」
「明日には北鎌倉に戻るだろう。また不自由な時間に戻ってしまう。気兼ねなく抱けるのは今宵だけだ」
「今宵って……昨日だって散々僕を」
「もう翠は何もしなくていいから、布団に寝ていればいいから」

 小さな子供のように駄々をこねる。

 そんな流の我儘が少しも嫌じゃない。

 僕だって……流に触れて欲しくなる。

 確かに明日の夜には北鎌倉に戻る。

 それは住職に、父親に戻る時間が迫っている事を意味するのだから。

 ならば……今宵のこの時間だけは流だけのものに。

 あの離れていた五年間のことを思えば、流に求められる幸せを噛みしめてしまうよ。

 あの五年間、僕の前から流が消えてしまった悲しい日々を思えば、今がどんなに幸せだか分かるから。

「流……いいよ。好きにしていい」
「ありがとう」

 流の手がためらいなく僕の襟元に伸びてくる。

 ボタンを慣れた手つきで外され、素肌を露わにされる。

 そのままぐいっと腰を抱かれ、座っている流を跨ぐような姿勢を取らされる。顎を掬われ上を向かされてから、味わうように口づけをされる。

「翠の味は、これか」

 口腔内に流の舌が入り込み、僕を唾液を味わっていく。

「んっ……ん、ごめん……酒臭いかも」

「いや……こういう味のキスもいいな。酔いそうだ。もっと欲しいな。もっと……」





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