重なる月

志生帆 海

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11章

解けていく 23

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 外食に出かける翠と道昭さんを見送った後、俺もタクシーで目的地へ向かった。

 二条城も程近い通りに町屋造りのその店舗はあった。古い建物で老舗の呉服店としての風格がある。どうやら店の営業時間に、ぎりぎり間に合ったようだ。

 『一宮屋』と古木の看板には彫られていた。

「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか」
「あぁ、突然だがこの反物と対になるようなものはないか」

 持ってきた風呂敷を開いて、中から反物を見せた。

 これは大鷹屋の老紳士から譲り受けた、夕顔の系譜を継いだ京友禅作家の『薫』の作品だ。

 おそらく夕凪が絵付けした反物で、改めて見ても、ため息が零れる美しさだ。

 翠色と蒼い川の流れのような色で染められ、繊細に絵付けされている。

 中央には川が流れ、左右には翠色の森が広がっている。空は夕凪の時を示していた。

 女将も感嘆の声をあげた。

「まぁ……これは※『薫』の作品では」

「やはり知っているのか」

「ええ……知っていますわ。もちろん……」

「これを男性物の着物に仕立てて欲しい。寸法はここに記してきた。そしてこの着物と対になる着物を俺に見繕ってくれないか」

「え……なんですって」

 何か知っているのか。

 この店には先日翠と洋くんが訪ねているし、夕顔と縁があることは事前に知っていた。

 店の女将は大きく頷いた。

「あるんです。この着物の対のものが……蔵に遺品と紛れていて。少々お待ちください」

 暫く待つと女将は反物をもう一つ持って現れた。

「これをご覧になって」
「おお!」

 まるで俺が持ってきた反物の景色を、鏡のように湖に映し取ったような荘厳な絵柄だった。

 そして静かな湖に月が浮かんでいるではないか。全体の蒼い色合いが美しい。

 つまり……これは俺の持ってきた風景の夜の景色だった。

「こんな……馬鹿な。これは『薫』の作品ではないのに……一体誰の作品だ?」
「この作家は坂田信二郎という方よ」
「なっ……」

 謎というものは一度解けだすと面白いように、するすると解かれていくものなのか。

『坂田信二郎』

 その名は……あの墓のもう一人の主じゃないか!

「これを……これを買い取りたい」

「見ればわかります。この着物は二つで一つ……一緒になるために生み出されたものだわ。決して売るものじゃないわ。お渡しするものよ。私はもしかして時代を跨いで、何か素晴らしいことの橋渡しをしているの?」

「……かもしれない」

 女将は、この不思議な事態に涙していた。

 俺の心も熱くなっていた。

****

「お客さん着きましたよ。ホテルの正面玄関ですよ」
「あぁ」

 タクシーを降りるとぐらりとよろけてしまい、咄嗟に丈の手で支えられた。

「おっと、洋は飲みすぎたようだな」
「そんなことない」
「いや……ひとりで押し黙って、ずいぶん飲んでいた」
「言うなよ。自己嫌悪してる」
「なぜ?」
「……もう……早く部屋にいこう」

 とにかく、一刻も早く丈と部屋に戻りたかった。

 だからまるで強請るような口調になってしまった。

「ふっ……甘えてくれそうだな。今宵は」

 そんな俺の行動に、丈はとても上機嫌になっていた。








****
補足

※京友禅作家『薫』

遠山 夕顔氏、藤平 夕顔氏と続く女流作家「夕顔」の系譜を受け継ぎ、伝統的な文様を基礎としながら、若さ溢れる現代風の草花文様を優しい色使いで繊細に仕上げている。特に大正後期になって幾分作風を変え、一層の人気を博す。


『薫』はもともとは「夕凪の空 京の香り」に出てくる律矢さんの京友禅作家としてのもう一つの名前でしたが、夕凪が律矢さんから直接手ほどきを受けて、その名を受け継ぎました。だから夕凪の残した京友禅の作品は、『薫』作と後世では言われています。
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