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11章
解けていく 22
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「やっぱり何か知っているんですか。何でもいいので知りたいです。張矢先生のことなら」
「……あのさ、高瀬くんに言っておきたいことがあって」
「何です?」
「張矢は、やめておけよ」
「え……何で」
「踏み込んではいけない気がするんだ」
陣内先生の目は真剣だった。
その強い眼差しに圧倒されて、それ以上言い返せなかった。
僕は確かに今までの人生で、自分のこの容姿を武器に欲しいものなら、女の人も男の人でも、簡単に手に入れて来た。
そんな生活を繰り返す中で『若手外科医を24時間密着取材する』という仕事を受けた。事前の打ち合わせもなしに、当直だった張矢先生の医師としての姿を追いかけた時に、妙な高揚感を感じた。
この人凄い!
冷静な判断力も、患者さんに対する包容力も半端ない。
静かな闘志ともいえるオーラが出ている。
なんだよ。好きになっちゃうだろ。
こんなすごいパワー持っている人出逢ったことない。
ところが当の張矢先生は、僕がどんなに仕掛けても少しも靡かない。
だからますます気になってしまった。
でも本当に脈がなくて。
ランチの誘いもディナーの誘いも……見事に無下に断られた。
僕に少しも靡かないということは、先生はノンケだと納得させてあきらめていたのに……あの浅岡さんと張矢先生が並んでいる姿を見ていたら、妙な危惧の念を抱いてしまった。
僕……浅岡さんに嫉妬しているのか。
僕の方が、浅岡さんより仕事の経験値も社交性も、優位のはずなのにと奢っていたのか。
はぁ、参ったな。
でもさっき中華料理店で、僕が浅岡さんを貶した時の張矢先生の対応。
あれは一体なんだったのか。
あぁ……考えれば考えるほど悔しくもあり、同時に敵わないとも思った。
「まぁ高瀬くんは賢い人間だから、わかるよな。遊び半分で手を出してはいけない部類の人間がいるってこと」
陣内先生の言葉が、今は身に染みる。
「僕だって」
僕だって、もういい加減に飽きていた。
上辺だけの付き合い。当たり障りのない会話。
僕の何を知って、何をいうのか。
「ごめん、言葉がきつかったか。泣きそうな顔だ」
「えっ」
陣内先生に心配そうに覗き込まれて、恥ずかしくなった。
こんな風に自分を出すなんて、この僕が……
「そうだ。この店にはオリジナルのいい酒があるから、気分を変えて一緒に飲もう」
「なんていうお酒ですか」
「『翠(すい)』という酒だ」
「ずいぶん綺麗な名前ですね」
「高瀬くんみたいだよ」
「えっ」
「ははっ頼んでやるよ」
****
「そういえばこの店だったな」
道昭がパラパラと目の前でメニューを開いた。
「何が?」
「お前と同じ名前の酒があるんだ」
「へぇ僕の名前ってことは『翠』ってこと?」
「あぁそうだ。芳醇なのに澄ました味なんだぜ。飲んでみるか」
「その言い方! クスッ……うん、飲んでみたいな」
道明が店員に頼むと「今年はよくこれが出まして、残り僅かですよ」と言いながら、恭しくボトルごと持ってきてくれた。
まさに翡翠のような緑色のボトルに真っ白なラベル。
そして正面にたおやかな文字で『翠』と書かれていた。
確かに僕の名前のお酒だ。
くすぐったいな。
これ……流にも飲ませてやりたい。
「気に入ったか」
「すごくいいね」
「ちゃんと土産にもたせてやるから、安心しろ」
「道昭……お前」
まるで僕の心を知っているかのような心遣いに、感謝した。
****
「すいません、この『翠』というお酒をいいですか」
「今日はよく出ますね。ほらあちらでも」
陣内先生が頼むと、店員がそんな風に言うもんだから、思わずちらっと簾越しに通路を挟んで隣のテーブルを覗いてしまった。
僕たちよりも少し年上の男性二人が、優雅に『翠』という酒を飲んでいた。
こちらを向いている男性、素敵だな。
簾越しでよく顔は見えないが、ずいぶんと品があって、たおやかな人だ。
京都がよく似合う。
「高瀬くんさっきから何見ているの?」
「あっいや、このお酒飲んでいる人がいるっていうから」
「へぇ、あっちも男同士か」
陣内先生の関心はそこか。
でもさっきまでのもやもやとした気持ちも、落ち着いてくる。
「さぁ飲んでみて」
「えぇ」
口に含んで、はっとした。
とても澄んでいて、とてもやさしく舌先を包み込むような味わいだ。
「翠……か」
「なぁ高瀬くんは翠微(すいび)って言葉を知っているか」
「さぁ?なんです」
「薄緑色に見える美しい山の様子のことなんだが……そういう景色も大事にしたいって思わないか」
「……」
陣内先生の言おうとしている事が分かる。
張矢先生のことだ。
見守ることも大事だと、暗に伝えている。
「ですね。酒でも飲みながら……僕たちは見守りましょうか」
「君はいい子だな」
陣内先生の大きな手の平で、くしゃっと頭をなでられた。
何故かとてもくすぐったく甘く感じてしまった。
「……あのさ、高瀬くんに言っておきたいことがあって」
「何です?」
「張矢は、やめておけよ」
「え……何で」
「踏み込んではいけない気がするんだ」
陣内先生の目は真剣だった。
その強い眼差しに圧倒されて、それ以上言い返せなかった。
僕は確かに今までの人生で、自分のこの容姿を武器に欲しいものなら、女の人も男の人でも、簡単に手に入れて来た。
そんな生活を繰り返す中で『若手外科医を24時間密着取材する』という仕事を受けた。事前の打ち合わせもなしに、当直だった張矢先生の医師としての姿を追いかけた時に、妙な高揚感を感じた。
この人凄い!
冷静な判断力も、患者さんに対する包容力も半端ない。
静かな闘志ともいえるオーラが出ている。
なんだよ。好きになっちゃうだろ。
こんなすごいパワー持っている人出逢ったことない。
ところが当の張矢先生は、僕がどんなに仕掛けても少しも靡かない。
だからますます気になってしまった。
でも本当に脈がなくて。
ランチの誘いもディナーの誘いも……見事に無下に断られた。
僕に少しも靡かないということは、先生はノンケだと納得させてあきらめていたのに……あの浅岡さんと張矢先生が並んでいる姿を見ていたら、妙な危惧の念を抱いてしまった。
僕……浅岡さんに嫉妬しているのか。
僕の方が、浅岡さんより仕事の経験値も社交性も、優位のはずなのにと奢っていたのか。
はぁ、参ったな。
でもさっき中華料理店で、僕が浅岡さんを貶した時の張矢先生の対応。
あれは一体なんだったのか。
あぁ……考えれば考えるほど悔しくもあり、同時に敵わないとも思った。
「まぁ高瀬くんは賢い人間だから、わかるよな。遊び半分で手を出してはいけない部類の人間がいるってこと」
陣内先生の言葉が、今は身に染みる。
「僕だって」
僕だって、もういい加減に飽きていた。
上辺だけの付き合い。当たり障りのない会話。
僕の何を知って、何をいうのか。
「ごめん、言葉がきつかったか。泣きそうな顔だ」
「えっ」
陣内先生に心配そうに覗き込まれて、恥ずかしくなった。
こんな風に自分を出すなんて、この僕が……
「そうだ。この店にはオリジナルのいい酒があるから、気分を変えて一緒に飲もう」
「なんていうお酒ですか」
「『翠(すい)』という酒だ」
「ずいぶん綺麗な名前ですね」
「高瀬くんみたいだよ」
「えっ」
「ははっ頼んでやるよ」
****
「そういえばこの店だったな」
道昭がパラパラと目の前でメニューを開いた。
「何が?」
「お前と同じ名前の酒があるんだ」
「へぇ僕の名前ってことは『翠』ってこと?」
「あぁそうだ。芳醇なのに澄ました味なんだぜ。飲んでみるか」
「その言い方! クスッ……うん、飲んでみたいな」
道明が店員に頼むと「今年はよくこれが出まして、残り僅かですよ」と言いながら、恭しくボトルごと持ってきてくれた。
まさに翡翠のような緑色のボトルに真っ白なラベル。
そして正面にたおやかな文字で『翠』と書かれていた。
確かに僕の名前のお酒だ。
くすぐったいな。
これ……流にも飲ませてやりたい。
「気に入ったか」
「すごくいいね」
「ちゃんと土産にもたせてやるから、安心しろ」
「道昭……お前」
まるで僕の心を知っているかのような心遣いに、感謝した。
****
「すいません、この『翠』というお酒をいいですか」
「今日はよく出ますね。ほらあちらでも」
陣内先生が頼むと、店員がそんな風に言うもんだから、思わずちらっと簾越しに通路を挟んで隣のテーブルを覗いてしまった。
僕たちよりも少し年上の男性二人が、優雅に『翠』という酒を飲んでいた。
こちらを向いている男性、素敵だな。
簾越しでよく顔は見えないが、ずいぶんと品があって、たおやかな人だ。
京都がよく似合う。
「高瀬くんさっきから何見ているの?」
「あっいや、このお酒飲んでいる人がいるっていうから」
「へぇ、あっちも男同士か」
陣内先生の関心はそこか。
でもさっきまでのもやもやとした気持ちも、落ち着いてくる。
「さぁ飲んでみて」
「えぇ」
口に含んで、はっとした。
とても澄んでいて、とてもやさしく舌先を包み込むような味わいだ。
「翠……か」
「なぁ高瀬くんは翠微(すいび)って言葉を知っているか」
「さぁ?なんです」
「薄緑色に見える美しい山の様子のことなんだが……そういう景色も大事にしたいって思わないか」
「……」
陣内先生の言おうとしている事が分かる。
張矢先生のことだ。
見守ることも大事だと、暗に伝えている。
「ですね。酒でも飲みながら……僕たちは見守りましょうか」
「君はいい子だな」
陣内先生の大きな手の平で、くしゃっと頭をなでられた。
何故かとてもくすぐったく甘く感じてしまった。
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