重なる月

志生帆 海

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11章

解けていく 17

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「さてと……席、どうします?」

 高瀬くんが繁華街の居酒屋に着くなり、皆に一斉に声を掛けた。

「もちろん高瀬くんの隣がいいなぁ」
「あー私も!」

 そんな声が女性からも男性からも次々に上がる。可愛くて明るい高瀬くんは話上手で、皆に人気だ。

 それに比べ、俺は正直この中で知っているのは丈と高瀬くんだけだから、見ず知らずの人が両隣だったりしたら困る。

「そうだなぁ~あっ浅岡さんの隣に座りたい人誰かいます?」
「……」

 高瀬くんがそんなことを言い出したので驚いた。

 一体何を……?

 皆一斉に俺の方を見たので、居たたまれない。視線が痛く……たじろいでしまった。

 でもすぐに丈が……

「私が座ろう。新しいメディカルライターさんとゆっくり話したいしな」

 そう言って俺の背中を押して促してくれた。

「ふぅん、じゃあ張矢先生の左隣は僕ってことで、あとは自由にどうぞ」

「なんだよーそれ! 張矢先生ばかりモテておかしいだろう。可愛い高瀬くんと美人の浅岡くんに囲まれて狡いぞ。それに張矢先生は既婚者だぞ」

「いいんですよ。既婚者だなんて関係ない」

「おお! 高瀬くんついに強気発言!!応援するぞ!」

 この人たちは同性愛に偏見がないのか、それともふざけているだけなのか。
 
 判断がつかない。

 ブーイングが飛ぶ中、変な席順になってしまった。

 丈の右隣には座れたのはいいが、これではあまり意味がない。

 俺は本当に気さくに人に話しかけることも、話しかけられても気の利いた会話が出来ない。こんな初対面の相手ばかりだと気後れしてしまい、困惑してしまった。

 暫くは俺抜きで雑談が続き、やがて各々が好きな酒を飲み出した。

 丈はしきりに高瀬くんに話しかけられているので、俺は黙々と苦いビールを飲み続けた。

 すると俺の右隣の男性に話しかけられた。彼は確か丈と同じ医局の医師と自己紹介していたよな。

「へぇ……ビール好きなの?」

「いや、苦いですね」

「くく、違うもの頼もうか? えっと、どーも。俺は張矢先輩と同じ医局で働いている陣内っていいます」

「あっはい。メディカルライターの浅岡です。よろしくお願いします……」

 緊張のあまり語尾が小さく萎んでしまう。

「へぇ浅岡さんって顔のわりに大人しいんだ。なんか地味なんですね~勿体ない。でも俺、実は一度あなたのこと見かけたことあるんですよ」

「え?」

 驚いてしまった。やましいわけではないが、余計なボロが出ないようにしたい。こんな大勢の前で、丈を矢面に立たすわけにはいかないから。

「どっどこで、ですか」

「一度大船の病院に来ていましたよね。診察室前の廊下の椅子に座っていたのを見ましたよ。その美貌でしょ。どこのモデルか俳優がお忍びで診察に?って気になって」

 まさかあの貧血で倒れた時、最初に助けてくれた医師じゃ?

 思わずじっと目を凝らしてしまった。あの医師と背格好は似ているが、彼ではなかった。

「聞いてる?」

「あっはい」

「で、気になってたんだけど、俺さ休憩時間に入っちゃって、戻って来た時にはもういなかったから」

「そうですか、確かに一度受診したことはあります」

 隠す方が怪しいよな。それに嘘ではない。

 その後貧血で倒れて、本当に丈に診察してもらったのだから。

「へぇ身体どっか悪いの? 俺が主治医になってあげようか」

「いや大したことはなくて、もう治りましたから」

「あれぇ……つれないな。あっそっか、あのベンチ、張矢先輩の診察室の前だったな。じゃあ主治医は張矢先生ってわけ?」

「……」

 病院にあんな風に興奮して、心の思うままに駆けつけたことを少し後悔した。つくづく、どこでどんな風に見られているのか分からないものだと思った。

 そんな話をしていると鋭く刺さる視線を感じ、辿っていくと高瀬くんと目があった。

「浅岡さんって、そういうことか」

「え? そういうことって?」

「身体が弱いとか古典的ですね。そうやって気をひこうと。あざといな」

 小さな声だったが嫌味っぽく言われ、ぐっと言葉に詰まってしまった。

「おい? 高瀬くん、今の言葉はどういう意味だ?」

 会話を聞いていた丈が、むっとした声を出した。

「だって、いい成人男性が張矢先生に近づくために虚弱体質を装って?」

 これには俺もむっとしたが、丈の方はもっと怒りをあらわにした。

「洋の貧血は仮病じゃない」

「『よう』って、浅岡さんのことですか」

 勢いで俺のことを呼び捨てにした丈のことを、高瀬くんが不審そうに見上げた。

 まずいな、この展開。

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