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11章
解けていく 15
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「とにかく僕は負けませんよ」
「えっそれどういう意味?」
「浅岡さんと僕はライバルです。張矢先生の出張同行の仕事は僕がもらってみせます! どうやって競いましょうか? TOEICは何点です? 僕も負けていないと思いますよ」
「え……」
ポカンと間抜けな顔をしてしまった。
そうか、さっき昼食時に出た話のことだ。
それにしてもにニューヨークへの出張予定があるなんて、まだ聞いてなかった。
本当に丈が行くのか。
それとも咄嗟に出た言葉なのかは分からない。
でも一つだけ分かったのは、高瀬くんは丈のことが好きということだ。
「あの……それって」
「浅岡さん、ズバリ言うと僕は張矢先生のこと狙っているんですよ。そしてあなたもですよね。同じ匂いを感じます。だから僕たちは同類でライバルだ」
「ええっ?」
高瀬くんが丈と俺が一緒に暮らしていることを知ったら、どう思うか。
恐ろしくなった。
深みにはまる前に正直に打ち明けた方がいいかもしれない。
とにかく丈に相談しないと。
こんなパターンは初めてで、キーボードを打つ手が震えてしまった。
****
「どうした? 顔色が悪いぞ」
湯船の中で、僕を後ろから抱きしめている流の顔色が冴えない。
「あぁ悪いな。ちょっと昔を思い出していた」
「昔? いつのことだ」
「兄さんが離婚して戻ってきた時のこと…」
ドキッとした。
そんな昔のことを……もう10年近く前のことなのに。
僕は29歳で離婚した。
飛び出すように出て行った月影寺に、ひとりで戻って来たのだ。
都会の空気が合わなかった。
それは言い訳になるだろうか。
今考えれば分かる。
流がいない世界に耐えられなかったのだ。
あの頃は毎日が息苦しくてしょうがなかった。
もがくように息をしていた。
次第に無気力になり、彩乃さんに無理矢理、病院にまで連れて行かれてしまう始末だった。
「流が戻してくれた」
おかしくなりかけていた僕の心。
流が根気よく傍にいてくれたから、僕は僕というものを取り戻せたんだ。
「もういい……もう思い出すな。辛いだけだ」
流が僕の顎を引いて、口づけをしてきた。
「んっ」
息が出来ない程の深さで僕を追い詰めて来るので、思わずその胸を押しのけようとしたら、逆に正面を向かされ、ぎゅっと力一杯抱きしめられてしまった。
僕の肩口に流が顔を埋めると、流の長い黒髪が僕の肩を掠めた。
そして呻くように囁いて来た。
いや……縋るように。
「翠……もうどこにも行かないよな」
「どうして?」
「俺……宇治の廃屋が怖かった。あそこで俺の先祖の流水さんは湖翠さんをずっと待っていたのか。死ぬ間際まで……」
「それはどうだろう。彼は覚悟の上、出奔したのかもしれない」
「俺だったら耐えられない。翠と今生で別れることがあるなんて」
「でも死はいつか平等に訪れるよ。ただ……それまでは僕はお前のものだ」
「翠は残酷で嬉しいことを言うな」
流がもう一度僕に口づけをする。
湯船の蒸気と汗に滑る首筋を辿り、胸元まで降りて来る。
「あっ……駄目だ。もう上がろう」
「もう少しだけ」
甘えるような声で宥められ、流の手が乳首を弄り出す。
ついこの前まで意識してなかった場所が触れられるたびに、張りつめるように立ち上がっていくのが不思議だ。
「僕の躰……変だ。どうしよう。なんだかおかしくなっている。こんな風になるなんて」
「いい感じだよ。俺が育てているからな」
「えっそれどういう意味?」
「浅岡さんと僕はライバルです。張矢先生の出張同行の仕事は僕がもらってみせます! どうやって競いましょうか? TOEICは何点です? 僕も負けていないと思いますよ」
「え……」
ポカンと間抜けな顔をしてしまった。
そうか、さっき昼食時に出た話のことだ。
それにしてもにニューヨークへの出張予定があるなんて、まだ聞いてなかった。
本当に丈が行くのか。
それとも咄嗟に出た言葉なのかは分からない。
でも一つだけ分かったのは、高瀬くんは丈のことが好きということだ。
「あの……それって」
「浅岡さん、ズバリ言うと僕は張矢先生のこと狙っているんですよ。そしてあなたもですよね。同じ匂いを感じます。だから僕たちは同類でライバルだ」
「ええっ?」
高瀬くんが丈と俺が一緒に暮らしていることを知ったら、どう思うか。
恐ろしくなった。
深みにはまる前に正直に打ち明けた方がいいかもしれない。
とにかく丈に相談しないと。
こんなパターンは初めてで、キーボードを打つ手が震えてしまった。
****
「どうした? 顔色が悪いぞ」
湯船の中で、僕を後ろから抱きしめている流の顔色が冴えない。
「あぁ悪いな。ちょっと昔を思い出していた」
「昔? いつのことだ」
「兄さんが離婚して戻ってきた時のこと…」
ドキッとした。
そんな昔のことを……もう10年近く前のことなのに。
僕は29歳で離婚した。
飛び出すように出て行った月影寺に、ひとりで戻って来たのだ。
都会の空気が合わなかった。
それは言い訳になるだろうか。
今考えれば分かる。
流がいない世界に耐えられなかったのだ。
あの頃は毎日が息苦しくてしょうがなかった。
もがくように息をしていた。
次第に無気力になり、彩乃さんに無理矢理、病院にまで連れて行かれてしまう始末だった。
「流が戻してくれた」
おかしくなりかけていた僕の心。
流が根気よく傍にいてくれたから、僕は僕というものを取り戻せたんだ。
「もういい……もう思い出すな。辛いだけだ」
流が僕の顎を引いて、口づけをしてきた。
「んっ」
息が出来ない程の深さで僕を追い詰めて来るので、思わずその胸を押しのけようとしたら、逆に正面を向かされ、ぎゅっと力一杯抱きしめられてしまった。
僕の肩口に流が顔を埋めると、流の長い黒髪が僕の肩を掠めた。
そして呻くように囁いて来た。
いや……縋るように。
「翠……もうどこにも行かないよな」
「どうして?」
「俺……宇治の廃屋が怖かった。あそこで俺の先祖の流水さんは湖翠さんをずっと待っていたのか。死ぬ間際まで……」
「それはどうだろう。彼は覚悟の上、出奔したのかもしれない」
「俺だったら耐えられない。翠と今生で別れることがあるなんて」
「でも死はいつか平等に訪れるよ。ただ……それまでは僕はお前のものだ」
「翠は残酷で嬉しいことを言うな」
流がもう一度僕に口づけをする。
湯船の蒸気と汗に滑る首筋を辿り、胸元まで降りて来る。
「あっ……駄目だ。もう上がろう」
「もう少しだけ」
甘えるような声で宥められ、流の手が乳首を弄り出す。
ついこの前まで意識してなかった場所が触れられるたびに、張りつめるように立ち上がっていくのが不思議だ。
「僕の躰……変だ。どうしよう。なんだかおかしくなっている。こんな風になるなんて」
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