重なる月

志生帆 海

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11章

解けていく 13

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 風呂は鍵付きで、旅館でいうなら家族風呂のような形態のものだった。

「へぇ道昭さんって、結構気が利くんだな」

 流は浴室内を隈なくチェックして、満足そうな笑みを浮かべて振り返った。

「おいっ……そんなつもりじゃないだろう」
「でも貸し切りなんて、嬉しいな」

 確かにまだ昼前で、宿坊の客は出払っていて誰もいないようだった。

「さぁ翠、入ろう」

 ぼんやりと立っていると、流の手が僕の衣類へと伸びて来る。

「脱がしてやるよ」
「いいよ、そのくらい自分でやる」
「させて欲しいんだ。何もかも」
「全く流は……僕のことを甘やかしすぎだ」
「いいじゃないか。俺はこれをしたいし、翠は甘えたがっている」
「なっ……僕がいつ?」

 ふふんと流は、目で笑っていた。
 つられて僕も、笑ってしまった。

「まったく流は小さな子供みたいに……僕を虐める気か」

 今こんな風に笑い合えるということが、どんなに尊いものか僕たちは知っている。

 一番険悪だったのは、彩乃さんの懐妊が分かった頃だろうか。

 今ならよく分かる。

 僕だって逆の立場だったら、とても冷静でいられなかっただろう。

 あの夜、流が僕を力任せに布団に押し倒し、涙を落したことを忘れない。

 悔しそうな悲しそうな眼で責めるように見下ろされ、まるで雷に打たれたように動けなくなった。

 そしてあれ以来、僕が月影寺に戻って来るまでの五年間は、本当に辛かった。

 僕が愛情を注いで育てた弟からの厳しい拒絶は、相当堪えた。でも弟をそんな風にしたのは僕だと分かっているから、距離を置くしかなかった。

 次第に僕の精神は、脆くなっていった。

 若く心構えもないまま父親になってしまったこともあり、眠れない日が増えた。

 あの頃の僕は本当に悲愴だった。

「翠、ほらいつまでぼんやりしてる? また熱が出るぞ」

 気が付くと僕は、真っ裸に剥かれていた。

 流は僕の腰付近に手をまわし、浴室内へと誘った。

 明け方、流がタオルで拭いてくれたとはいえ、一晩野宿どころか、あんな場所で流と繋がった躰だ。

 拭ききれなかった汚れが、外からは見えない部分に残っていた。

 それに鏡を見ると、所々に情痕が散っているのが分かった。

 こんな姿……誰にも見せられない!

 でもそれは少しも嫌ではなく、流が愛してくれた痕だと思うと、指先で辿りたくなる程、愛おしかった。

 これは愛おしい者からの贈り物だ。

 遠い昔のあなたたちが成し遂げることが出来なかった域に、僕たちはやって来た。

「さぁ洗おう」
「うん」

 素直に流に身を任せる。

 誰かに委ねることの心地良さを、僕は知ってしまった。

 湯船に浸かる前に、流が泡立てたボディソープで丁寧に躰を洗ってくれる。

 スポンジなどは使わないで流が自身の手のひらで、指先で身体を清めてくれる。

「うっ……」

 わざとなのか。

 乳首の下や臍の周り。

 尻のラインに沿って、その狭間へも指が器用に潜り込んでくる。

「あっ……そんな触り方は、よせ」
「翠を愛撫している」
「そんなっ露骨に」


 もうそれ以上触れては駄目だ。

 ここは学友の寺で、宿坊で、僕たちはこんなことをしている場合ではない。

 それでも僕は目を瞑り、その指先の行方を追ってしまう。













補足(不要な方はスルーで)




****

本日の内容は『忍ぶれど…』60話~とリンクした内容です。合わせて忍ぶれども読んでいただけると、この兄弟の歩んできた道が深まります。宣伝みたいになってしまい申し訳ありません。
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