重なる月

志生帆 海

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11章

解けていく 12

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「では今日か明日には、墓を移させていただきます」
「おお、そうしておくれ。これで肩の荷が降りたよ。本当に来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ信じていただけて嬉しかったです」

 大鷹屋の老人は、快く僕たちを見送ってくれた。

 僕は頂戴した夕顔の反物を膝に乗せ、道昭の運転する車の後部座席で揺られていた。

「兄さん、これからどうします? 一旦休んだ方がいいんじゃ」
「そうだぞ翠……無理すんな。一度にいろいろ詰め込み過ぎるのが、お前の悪い癖だ」
「……分かった。では道昭のところに一度戻ろう」

 確かにその通りだ。

 僕は一度になんでも抱え込み過ぎてしまう。

 いつも……昔からずっと繰り返してしまう。

 もうそのようなことをしなくてもいいのに、その癖は治らないものだ。

 今の僕には、ちゃんと流が傍にいてくれる。

 しっかり傍にいてくれる。

 それがどんなに心強いことなのか。

****

「翠、今晩もここに泊まっていくだろう?」
「うん、そうするよ。予定通り明日北鎌倉に戻るから、悪いが弟も泊まらせてもらえるか」

 一瞬戸惑ってしまった。

 果たしてだな、この兄弟を同じ部屋にしていいものか。

 一応ここは寺の宿坊であって……

 あぁぁ……俺何考えて……今、下種なことを考えた?

「そうだな、兄弟だから同じ部屋でいいか」
「もちろんだ」
「ならどうぞ。他の部屋は空いてないしな」
「ありがとう。助かるよ」

 翠の『ありがとう』か……俺は学生時代からこれに弱い。

 こんなにも素直に『ありがとう』と優しく口に出せる男に、それまで出会ったことがなかったから。

「あっそうだ。お前達さ、先に風呂に入って来いよ。昨日は野宿だったんだろう?」
「あぁそうだね、助かるよ」

 うん、絶対入った方がいい。

 弟の方はワイルドな印象だから多少薄汚れていてもいいが、翠は絶対に駄目だ。

 翠にはいつだって小綺麗にしていて欲しい。
 若竹のように清々しい香を漂わせていて欲しい。

「風呂はこの時間なら貸し切りで使えるからさ、ゆっくりして来いよ。ほら鍵っ」

 鍵を勢いよく手渡したものの、また変な妄想が迸り、俺は自分をぶん殴りたくなった。

 まさかな……まさか翠に限って道を踏み外すようなことしないよな。

 必死に目で訴えたくなった。

 本当に久しぶりに会った翠は……特に弟が来てからの翠は更に艶めいて見えたから。

 とても38歳の男に見えない艶やかな雰囲気に、とにかく圧倒された。

****

「兄さん、熱はもうないのか」

 そう流に問われて、自分の額に手をあててみる。

「ふっ自分で測ったって分からないだろう。どれ」

 弟の大きな手のひらが、そっと額に触れてくる。

 どうして、流に触れられるとこんなに気持ちいいのだろう。

「どうかな」
「薬が効いたようだな。今のうちに風呂に入ろう。俺達、結構汚いぜ。ははっ臭いかもよ?」
「なっ」

 羞恥に頬を染め、思わず流のこと睨んでしまったが、流は悠然としたものだ。

「翠……そんな顔しても可愛いだけなのに、とにかくまず風呂だ」

 流が手際よく、僕の荷物の中から下着や新しい浴衣に羽織りを用意してくれる。そんな様子に、夏休みの光景を思い出した。

「お前と泊まるのは……宮崎以来だな」

 すると流は支度する手をとめて、満面の笑みを浮かべた。

「宮崎での翠は可愛かったな、初めて俺に許してくれた記念の旅行だ。でも今回は本当の意味で二人きりの旅行だな」
「えっ?」

 じりじりと流が近寄って来る。

「でも、明日は丈や洋くんとまた合流するから、そうとも言えない」
「何言ってる? 今ここには俺と翠だけだろう?」
「流っここ……宿坊だ」
「知ってる」
「もう風呂入ろう。なっ?」

 腰を抱かれ下半身が密着すれば、流が何を想い何を求めているのかがダイレクトに伝わって震えてしまう。しかも流がそのまま、口づけしようとしてくるので、思わず顔を背けてしまった。

「駄目だ」

 風邪を移すしてしまうし、とまらなくなるのは僕だって分かっている。

「……」
「なっ流……お願いだ。今は……駄目だ」
「ふぅ本当に反則だよな。いつも……翠のその言葉」


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