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11章
解けていく 10
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「確か管理会社の者によると、宇治の山荘の庭にはいくつかの墓があるそうですね」
墓を移したいと申し出ると、静かにその老人は話し出した。
「はい……あそこには三人の男性が眠っています」
「そうですか。残念ながら私は誰の墓か知りません。今まで知りたいとも思わなかったのです」
「……はい」
僕も深い事情を理解しているわけではないので、余計なことは言えない。だがきっとこの老人の父親も夕凪を愛していたのだ。
恐らく北鎌倉を離れた夕凪を、あの宇治の山荘に住ませて、もう一人の男性と共に愛したのだろう。
そしてそこに流れ着いたのが、祖父の弟の流水さんだ。
墓の建立年月日や流水さんの墓に彫られた享年。そういう所からも、流水さんひとりだけが随分若くして他界したのが伺える。
暫く考えを巡らせていると、その老人が大きく深い息を吐いた。
「いいですよ。好きなようにして下さい。父もそれを望んでいることでしょう。あの山荘が建っている場所は、それこそ平安時代からの由緒正しき場所なのですよ。生前よく父が申していました。あの山荘はあそこに眠る人のために、自分の死後も手を入れないで置いておいて欲しいと。でももしも眠る人を連れて行きたいという人が現れたら、その意のままにせよと。だから価値ある土地をそのまま放っておいたのです。いくらでも建て直すことも売ることも出来たのに」
「そんなことを」
「あぁそういえば、父はあの山荘へ行くと、いつも素晴らしい反物を持ち帰ったものです。それは『夕顔の系譜を継ぐ薫』の作品として後世にも伝えられていますよ」
「薫!!夕顔!」
まさにそれだ。
夕凪『薫』と名乗り、生み出した逸品に違いない。
「あの……これをご覧ください」
目の前で夕凪が祖父の湖翠に贈ったという翠色の風呂敷を広げて見せると、老人も目を見開いた。
「おお! その色はまさに薫の作風だ! 暫しお待ちを」
老人の方も目を輝かし、桐箪笥の中から反物を取り出した。
まるで流れる川のように、それは今流と僕の前にさっと広げられる。
翠色と蒼い川の流れのような色で染められ、繊細に絵付けされているではないか。
中央には川が流れ、左右には翠色の森が広がっている。
空は夕凪の時を示していた。
なんという荘厳な美しさだ。
まさにこれは、祖父たちと夕凪の醸し出した世界だった。
「すべての謎は解けました」
感嘆の溜息と共に、僕はそう呟いた。
「あなたにこの反物を差し上げましょう。私よりあなた達が持っていた方がいい。この反物だけはどうしても売れなかった。あなたたちはこの薫という京友禅作家の親族なのですね」
「何故そんなことを」
「あなたとその隣のあなたを見ていれば、この反物に描かれた景色が浮かんできます。さぁどうぞ、この反物と共に墓の人たちをお連れなさい。ちょうど僧侶も一緒のようだ」
道昭の顔を最後に老人は見つめ、言い切った。
天晴だ。
潔い。
素性もはっきりしない僕たちを全面的に信頼してくれているのが伝わって来る。
きっと老人の父親も、こんな風に潔い人物だったのだろう。
「ありがとうございます。お連れします。僕らの場所へ……北鎌倉の月影寺という場所に墓を移させてもらいます」
「うむ。そうしたまえ」
墓を移したいと申し出ると、静かにその老人は話し出した。
「はい……あそこには三人の男性が眠っています」
「そうですか。残念ながら私は誰の墓か知りません。今まで知りたいとも思わなかったのです」
「……はい」
僕も深い事情を理解しているわけではないので、余計なことは言えない。だがきっとこの老人の父親も夕凪を愛していたのだ。
恐らく北鎌倉を離れた夕凪を、あの宇治の山荘に住ませて、もう一人の男性と共に愛したのだろう。
そしてそこに流れ着いたのが、祖父の弟の流水さんだ。
墓の建立年月日や流水さんの墓に彫られた享年。そういう所からも、流水さんひとりだけが随分若くして他界したのが伺える。
暫く考えを巡らせていると、その老人が大きく深い息を吐いた。
「いいですよ。好きなようにして下さい。父もそれを望んでいることでしょう。あの山荘が建っている場所は、それこそ平安時代からの由緒正しき場所なのですよ。生前よく父が申していました。あの山荘はあそこに眠る人のために、自分の死後も手を入れないで置いておいて欲しいと。でももしも眠る人を連れて行きたいという人が現れたら、その意のままにせよと。だから価値ある土地をそのまま放っておいたのです。いくらでも建て直すことも売ることも出来たのに」
「そんなことを」
「あぁそういえば、父はあの山荘へ行くと、いつも素晴らしい反物を持ち帰ったものです。それは『夕顔の系譜を継ぐ薫』の作品として後世にも伝えられていますよ」
「薫!!夕顔!」
まさにそれだ。
夕凪『薫』と名乗り、生み出した逸品に違いない。
「あの……これをご覧ください」
目の前で夕凪が祖父の湖翠に贈ったという翠色の風呂敷を広げて見せると、老人も目を見開いた。
「おお! その色はまさに薫の作風だ! 暫しお待ちを」
老人の方も目を輝かし、桐箪笥の中から反物を取り出した。
まるで流れる川のように、それは今流と僕の前にさっと広げられる。
翠色と蒼い川の流れのような色で染められ、繊細に絵付けされているではないか。
中央には川が流れ、左右には翠色の森が広がっている。
空は夕凪の時を示していた。
なんという荘厳な美しさだ。
まさにこれは、祖父たちと夕凪の醸し出した世界だった。
「すべての謎は解けました」
感嘆の溜息と共に、僕はそう呟いた。
「あなたにこの反物を差し上げましょう。私よりあなた達が持っていた方がいい。この反物だけはどうしても売れなかった。あなたたちはこの薫という京友禅作家の親族なのですね」
「何故そんなことを」
「あなたとその隣のあなたを見ていれば、この反物に描かれた景色が浮かんできます。さぁどうぞ、この反物と共に墓の人たちをお連れなさい。ちょうど僧侶も一緒のようだ」
道昭の顔を最後に老人は見つめ、言い切った。
天晴だ。
潔い。
素性もはっきりしない僕たちを全面的に信頼してくれているのが伝わって来る。
きっと老人の父親も、こんな風に潔い人物だったのだろう。
「ありがとうございます。お連れします。僕らの場所へ……北鎌倉の月影寺という場所に墓を移させてもらいます」
「うむ。そうしたまえ」
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