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11章
解けていく 9
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道昭が車から降りたので、流と僕だけになった。
「翠は弱くなったな」
「何故?」
突然の流の言葉が刺さる。
何故そのようなことを言う?
「いや……それが嬉しい。俺に甘えてくれるようになった」
あぁそう言うことか。
確かに僕は、以前の僕ではなくなった。
この躰の中に流を受け入れてから、僕は変わった。変化した。
「流……」
そっと流の肩にもたれた。
解熱剤が効いて変な汗が流れる躰を委ねた。
もうこれでいい……
ここが僕の居場所だと素直に思えるのだから。
あんなに抗っていたものは、受け入れることですべて静かになったような、そんな気持ちだ。
「熱、下がって来たみたいだな」
流の温かい手のひらが額にそっと当てられる。
僕は目を閉じて、その温もりを味わった。
「……良かった」
暫くして道昭が戻って来た。
何か分かっただろうか。
手掛かりはあったのか。
気になるところだ。
「待たせたな、翠」
「あぁどうだった? 山荘の持ち主には会えたか」
「ここにはいなかったよ。だが若旦那と話を出来た。宇治の山荘のことは自分の祖父が何か知っているようだと話していた。今から移動するぞ」
「分かった。どこへ」
「哲学の道の近くの邸宅だ。そこが住まいらしく、若旦那のおじいさんもそこにいるそうだから」
車は更に移動する。
まるで川の流れに身を任せるように、僕たちのルーツを逆らうことなく辿っていく。
「さぁここだ。どうする? 一緒に行くか」
「あぁ、今度は流と一緒に話を聞くよ」
大鷹屋の代々の跡取りの住まいは京の町の一等地にあり、銀閣寺へ続く哲学の道の一角にある大きな門構えだった。
大きな木の正門は僕の背丈の数倍もの高さがあり、その周りを竹林が囲んでいて、とても静かな雰囲気だ。
ここは一度も来たことがない場所だ。
だが……もしかして夕凪は来たことがあったのかもしれないと、ふと思った。
呼び鈴を押して出て来た作務衣姿の男性に(この家の執事のような人だろう)に、事情を掻い摘んで話すと、「寒い中、お坊さんに立ち話をさせるわけにはいきません」と意外にもすんなりと中へ通された。
これには道昭の袈裟姿が効果があるのかもしれない。見ず知らずの僕たちを屋敷内に招き入れてくれるなんて。
客間に通され暫し待つと、やがて一人の老人が現れた。
白髪に和装、杖をついてはいるが、しっかりとした雰囲気の上品な男性だ。
「君たちか。宇治の山荘のことを尋ねてきたというのは」
「はい」
挨拶を交わし事情を手短に話すと、彼は皺だらけの顔を柔らかく歪ませた。
「あそこは確かにうちの土地だ。私の父がもともと持っていた土地だ」
「あなたのお父様の?」
「あぁ父が言っていたことは、本当だったのか」
老人は懐かしそうに、遠い目でどこかを見つめていた。
「何をですか」
「遺言の一つだったのだよ」
「遺言……それはどんな?」
「いつか宇治の山荘に眠る人を連れて行く人が現れる。その時はその人たちの言うがままに処理をして欲しいと。その人たちが現れるまであの山荘にはけっして踏み入るなと」
「なんと!」
思わず聞いてしまった。
夕凪と信二郎という人の墓があったが、この大鷹屋にまつわる人物の墓はなかったはずだ。
「あなたのお父様は、あの山荘に眠る人達とどんなご縁が?」
思わず僕は身を乗り出して、尋ねてしまった。
あと一歩だ。僕たちの旅は『完結』する。
「私の父の名は律矢と言いました。父にはそのお恥ずかしい話ですが、私が幼い頃、愛人がいたようで、どうもその人を宇治の山荘に住ませていたらしいのです。まぁこれは推測ですが……宇治とこの家を行ったり来たりしていたのを思い出します。だがある時からぴたりと宇治へ行くことをやめてしまったのです。だからもう長いこと忘れていたのですが、父が遺言で、このことを託した時は驚いたものです。いい父でした。私にとっては……だから父の言葉を、願いを叶えてあげたいのです、よかった。私が生きているうちに訪ねてきてくれて」
あぁ……そうか。
もしかして……
夕凪、君は二人の男性に愛されたのか。
その言葉は胸の奥にそっとしまい込んだ。
代わりに願いを伝えた。
心を込めて……祈りを込めて……
「あのっ、お願いがありまして」
「何なりと」
「あの山荘に眠る人たちを北鎌倉まで連れて行ってもいいですか」
「翠は弱くなったな」
「何故?」
突然の流の言葉が刺さる。
何故そのようなことを言う?
「いや……それが嬉しい。俺に甘えてくれるようになった」
あぁそう言うことか。
確かに僕は、以前の僕ではなくなった。
この躰の中に流を受け入れてから、僕は変わった。変化した。
「流……」
そっと流の肩にもたれた。
解熱剤が効いて変な汗が流れる躰を委ねた。
もうこれでいい……
ここが僕の居場所だと素直に思えるのだから。
あんなに抗っていたものは、受け入れることですべて静かになったような、そんな気持ちだ。
「熱、下がって来たみたいだな」
流の温かい手のひらが額にそっと当てられる。
僕は目を閉じて、その温もりを味わった。
「……良かった」
暫くして道昭が戻って来た。
何か分かっただろうか。
手掛かりはあったのか。
気になるところだ。
「待たせたな、翠」
「あぁどうだった? 山荘の持ち主には会えたか」
「ここにはいなかったよ。だが若旦那と話を出来た。宇治の山荘のことは自分の祖父が何か知っているようだと話していた。今から移動するぞ」
「分かった。どこへ」
「哲学の道の近くの邸宅だ。そこが住まいらしく、若旦那のおじいさんもそこにいるそうだから」
車は更に移動する。
まるで川の流れに身を任せるように、僕たちのルーツを逆らうことなく辿っていく。
「さぁここだ。どうする? 一緒に行くか」
「あぁ、今度は流と一緒に話を聞くよ」
大鷹屋の代々の跡取りの住まいは京の町の一等地にあり、銀閣寺へ続く哲学の道の一角にある大きな門構えだった。
大きな木の正門は僕の背丈の数倍もの高さがあり、その周りを竹林が囲んでいて、とても静かな雰囲気だ。
ここは一度も来たことがない場所だ。
だが……もしかして夕凪は来たことがあったのかもしれないと、ふと思った。
呼び鈴を押して出て来た作務衣姿の男性に(この家の執事のような人だろう)に、事情を掻い摘んで話すと、「寒い中、お坊さんに立ち話をさせるわけにはいきません」と意外にもすんなりと中へ通された。
これには道昭の袈裟姿が効果があるのかもしれない。見ず知らずの僕たちを屋敷内に招き入れてくれるなんて。
客間に通され暫し待つと、やがて一人の老人が現れた。
白髪に和装、杖をついてはいるが、しっかりとした雰囲気の上品な男性だ。
「君たちか。宇治の山荘のことを尋ねてきたというのは」
「はい」
挨拶を交わし事情を手短に話すと、彼は皺だらけの顔を柔らかく歪ませた。
「あそこは確かにうちの土地だ。私の父がもともと持っていた土地だ」
「あなたのお父様の?」
「あぁ父が言っていたことは、本当だったのか」
老人は懐かしそうに、遠い目でどこかを見つめていた。
「何をですか」
「遺言の一つだったのだよ」
「遺言……それはどんな?」
「いつか宇治の山荘に眠る人を連れて行く人が現れる。その時はその人たちの言うがままに処理をして欲しいと。その人たちが現れるまであの山荘にはけっして踏み入るなと」
「なんと!」
思わず聞いてしまった。
夕凪と信二郎という人の墓があったが、この大鷹屋にまつわる人物の墓はなかったはずだ。
「あなたのお父様は、あの山荘に眠る人達とどんなご縁が?」
思わず僕は身を乗り出して、尋ねてしまった。
あと一歩だ。僕たちの旅は『完結』する。
「私の父の名は律矢と言いました。父にはそのお恥ずかしい話ですが、私が幼い頃、愛人がいたようで、どうもその人を宇治の山荘に住ませていたらしいのです。まぁこれは推測ですが……宇治とこの家を行ったり来たりしていたのを思い出します。だがある時からぴたりと宇治へ行くことをやめてしまったのです。だからもう長いこと忘れていたのですが、父が遺言で、このことを託した時は驚いたものです。いい父でした。私にとっては……だから父の言葉を、願いを叶えてあげたいのです、よかった。私が生きているうちに訪ねてきてくれて」
あぁ……そうか。
もしかして……
夕凪、君は二人の男性に愛されたのか。
その言葉は胸の奥にそっとしまい込んだ。
代わりに願いを伝えた。
心を込めて……祈りを込めて……
「あのっ、お願いがありまして」
「何なりと」
「あの山荘に眠る人たちを北鎌倉まで連れて行ってもいいですか」
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