重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
860 / 1,657
11章

有明の月 6

しおりを挟む
 優しい丈。

 いつも俺のことを労わり、優しく接してくれる。

 そんな丈に俺は何を返せているだろうか、何を与えられているのだろうか。

「洋……今何を考えている」

 丈の熱いものを躰の奥に受け止めながら、そんなことを考えてしまった。

「何も……」
「洋は嘘つきだな」

 グイっと腰を更に抱きかかえられ、脚が震える。

 前後に大きく揺さぶられると、快楽の波に躰がどんどん呑まれていくのを感じた。仰向けの姿勢で見上げれば、丈の額にも汗がうっすら浮かんでいた。

「あっ……うっ……」
「丈……俺は」
「洋、考え過ぎるな。今は身を任せて」
「う……ん」

 悪い癖だ。

 頭の中でいろいろ考え過ぎてしまうのは、いつになっても変われない。

 それでも丈に触れていると、心が落ち着いて来る。

 躰の奥を開かれ、迸る体温を感じていると、その温かさに涙が滲むほど気持ち良くなってくる。

「あ……あっ……いい……すごく気持ちが……」

 次の瞬間はっと目覚めると、俺は丈の腕の中で眠っていた。

 裸に剥かれていた躰は綺麗に処理してもらったようでさっぱりしているし、しっかりとホテルのパジャマを着ていた。

「ん……」

 喉が渇いて何か飲みたいと身じろぎすると丈を起こしてしまったようで、暗闇で目があった。

「洋、水か」
「うん」
「やっぱり体調が悪かったな」
「え……そうかな」
「一度達したら…そのまま眠るように気を失ってしまって心配したぞ。それに今日は気もそぞろだったろう」
「……っつ」

 何もかも丈にはお見通しなのが恥ずかしいが、やっぱり俺の丈なんだなぁとしみじみと思う。

 確かに疲れていたのに無理したのがいけなかったのか、一度丈のものを受け止めた後の記憶が定かではない。

 丈は起き上がり、冷蔵庫から冷たい水を持って来てくれた。

「ありがとう」

 喉を降りていくヒンヤリとした感触にほっと溜息をつくと丈が覗き込んで、額に手を当ててくれた。

 心配そうな表情を浮かべさせてしまったことに、小さな罪悪感が芽生える。

「やっぱり少し熱っぽいな」
「そうかな、この位なら大丈夫だよ」
「とにかくまだ夜が明けるには時間がある。ちゃんと寝てろ」
「丈は?」
「あぁ目が覚めてしまったから、少し仕事でもするか、洋が少しでもゆっくり眠れるようにな」

 そう言ってベッドから出て行こうとする丈の腕を引き留めてしまった。

「ここにいて欲しい」
「洋、どうした? 甘えた声だな」
「……甘えている」

 そう素直に伝えると、丈は困ったような笑顔を浮かべながらも、布団の中に戻ってきてくれた。だから俺は丈の腕の中に再び飛び込んだ。

「丈、俺……何か変だった」
「どうした?」
「昨日はやみくもに焦って、嫉妬もしたり意地も張った」
「おいおい、どうした?ずいぶん殊勝だな」
「とにかく、ごめん」

 それだけ言うと、肩の荷が降りたようにほっとした。

 照れくさくなって背を向けると……

 丈はそんな俺を目を細めて見つめ、優しく背中をさすってくれた。

「洋の感情、うまく受け止めてやれなくて私も悪かった」
「いや……丈はいつだって、根気よく受け止めてくれるのに、意地を張ったのは俺だ」
「洋……」

 ギュッと背中が丈の胸につく程、キツク抱きしめられる。

「前を見るのは大事なことだ。前を向いて歩くことも。特に洋の場合、過去をもうこれ以上振り返りたくない気持ちもあるのも分かる。でもすべての過去が今の洋を作っているんだ。洋の過去も含めて私は洋のことを愛しているのだから」

「丈……俺は……」

 ふと窓の外を見れば、月がまだ残っているのに夜が明けていこうとしていた。

 空は少しずつ明るくなっていく。

 でもそこには、透けそうなほど儚い有明の月が、控えめにひっそりと残っていた。



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

処理中です...