重なる月

志生帆 海

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11章

いにしえの声 17

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 父さんと家に一旦戻り、丈と洋くんの携帯にかけてみたが、かからなかった。時計を見ると16時過ぎだ。

 まだ学会は終わらないのか。

 翠はいつも常に俺と連絡を取れるようにしているのに、おかしい。さっきから何度もかけているのに、非通知だなんて。

 それに外は暗くなってきている。もう宇治から戻ってきてもいい時間だ。

 そこで翠の滞在先、うちにも遊びに来たことがある風空寺の道昭さんへ電話をしてみた。

「もしもし、あの……俺は北鎌倉の張矢 翠の弟の丈ですが」

「おおっ? なんだ懐かしいな。確か目つきが悪い弟だったよなぁ」

 なんだか意味ありげに言われて驚いた。昔の俺はそんなにひどい目つきで、兄さんが連れて来る人のことを睨んでいたのか。

「あの突然すいません。兄は、もう戻っていますか」
「いや、まだ戻ってきていないな。そのうち帰って来るだろう」
「さっきから兄と連絡が取れないのですが……詳しい行先は知っていますか」
「いや、あてもないが、とにかく宇治へ行ってみるとしか」

 くそっ! そんなんじゃ探せない。

 宇治まで俺が駆けつけても、兄さんにすぐに会えないと意味がない。

「宇治に行く理由は兄から聞いて知っています。その手掛かりを得ることが出来た呉服屋の場所教えてください」
「あぁ。それなら二条通りの一宮屋っていうところだ」
「ありがとうございます。じゃあ」
「あっおい。翠と連絡が取れないって本当か。俺が探しにいこうか。宇治の山奥は電波が入りにくいって聞くぞ」
「大丈夫です。俺が行きます!」
「えっ? だって君は今北鎌倉にいるんだろう」
「だから俺が行くんです」

 ぶっきらぼうに電話を切ってしまった。

 だが……翠のことを探すのは、この俺だ。

 関係ない人には任せられない。たとえそれが翠の友人であろうとも。

 後ろに立っていた父さんが、電話の内容を受けて怪訝そうな顔をしていた。

「流……今から京都に行くのか。翠と連絡が取れないって……子供じゃあるまいし、電波の入りにくい土地にでもいるんじゃないのか。もう少し待ってみたらどうだ。そもそもなんで翠は京都に行ったんだ?」

「いえ行きます。すみません、俺を行かせてください」

 俺は父さんに素直に頭を下げた。

 翠のためだったら、なんでも出来る。

 何も惜しむものも、捨てるものもない。

「お前……」

 父さんはそんな俺の様子に、目を丸くしていた。

 あと一息だ。

 いつものように※風来坊のように飛び出す訳にはいかない。今の俺は翠の代理で、頼まれた仕事だってある。

(※風来坊…どこからともなく現れてはどこへともなく去っていく人のこ)

「父さん……今日は特に大きな仕事はないのですが、明日は午前中に法事が入っています。でも俺はどうしても京都に行かないと」

「うむ分かった。いいだろう。私が引き受けよう。薙のことも、寺のことも」

「すみません、ありがとうございます!」

「いや……お前のそんな必死な顔久しぶりに見たな。翠と何かあったのか」

 途端に心臓が跳ねる。
 落ち着け……落ち着こう。

「いや、特に変わりはないのですが、心配で……こんな我が儘を」

「わかったわかった。もういいから早く仕度をしなさい」


****

 一斉テストのおかげで、今日は部活がなく帰宅出来ることが嬉しかった。

 寺に戻れば、今夜も明日も流さんと二人きりで過ごせる。

 朝、流さんの腕の中で子供のように泣いてしまってから、何かが吹っ切れた。

 流さんは、これまでの大人とは違う。

 確かな信頼感というものが芽生えていた。

「薙、おーい薙」

 帰りのHRを上の空で聞いていると、前の席の岩本拓人が振り返ってプリントを渡そうとしていた。

「あっ悪りぃ」
「どうしたんだよ? 随分嬉しそうじゃん。その目で」
「んっ? 目ってなんだよ」

 拓人はじっと俺の顔を覗き込んで、ぼそっと小さな声で呟いた。

「目元赤いぞ。朝……もしかして泣いたのか」
「え……」

 拓人とまともに話したのは転校初日の屋上だ。

 あの時も「泣いているのか」といきなり言われたことを思い出す。

 素朴で男っぽい外見のくせに、変なところに気づくっていうか。

「図星か、やっぱ泣いたんだな」
「なんで分かる?」
「分かるよ。俺もそういう朝があるから」
「お前も……なんで?」
「それは……寂しくなるからさ、会いたい人に会えないと」

 それ以上は語らないので、俺もそれ以上は深追いはしない。でもこの学校で初めて出来た友人は、流さんと同じように信頼できる奴だと思った。

「そうだ拓人、今日は先帰るよ。ちょっと急いで帰りたいんだ」
「へぇ~なんか嬉しそうだが。いいことでもあるのか」
「いや、そういうわけじゃ」


 何て人に説明したらいいのか分からない。

 こんな気持ち知らなかったから。

 今まで持ったことも抱いたこともなかったから。




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