重なる月

志生帆 海

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11章

いにしえの声 15

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 夕凪の足取りを追う前に、まず平等院鳳凰堂に立ち寄った。

 ここはいにしえの昔、藤原道長の別荘をその息子の頼通が寺院に改めたもので、屋根の鳳凰が今にも飛び立ちそうな美しさを誇る観光名所だ。

 僕は池に映る阿弥陀堂を前で、深く一礼した。

「夕凪の行方が、どうか掴めますように」

 そう何度も月影寺を留守には出来ないのは承知している。今回は貴重な機会なのだから、確かな手掛かりが欲しい。

 何より僕と流が結ばれた日から、京都に夕凪の行方を捜しに行きたいという気持ちが強くなっていた。もう膨れてはち切れそうになっていた。

(早く来て欲しい。)

 平等院の鳳凰の上空の彼方から、そんな声が聞こえるようだ。

 夕凪は宇治に確かにいた。

 一宮屋での話は有意義だった。だが、それだけでは到底見つからないだろう。僕は勇気を出して夕凪の写真を握りしめ、老舗の店に聞き込みを始めた。

「知らないね」
「そんな昔の話、もう皆死んじまったよ」
「さぁね」

 老舗のお茶屋や料理屋など、歴史がありそうな店で、しらみつぶしに聞き込んだ。

 だが芳しくない。何一つ新しい情報は入ってこない。

 昼食も食べずに夢中で聞いた。だが行けども、行けども手ごたえはない。

 駄目か。こんな無鉄砲にあたっては駄目なんだ。

 溜息が漏れる。
 歩き疲れた。

 気が付くと空が夕凪色に染まる時間帯になっていた。

 僕はぼんやりと宇治川に架かる朝霧橋の真ん中で佇んだ。

 もうあきらめて帰ろうか。

 明日には北鎌倉に戻らないといけないのに。

 中州に架かる華麗な朝霧橋。その下を流れゆく雄大な抹茶色の川が、かの有名な宇治川だ。

 川の流れをひたすら眺めていると、大正時代……いやもっと前の平安時代にまで遡れそうな勢いだ。そして川の向こうに広がる山奥は霧に霞んでいる。

 ふとその霧の向こうに夕凪が立っているような気がした。

「なんで……君が夕凪なのか。あぁ本当に洋くんにも似ているのだな」

 必死に目を凝らした。

 いや違う、彼は夕凪ではない。洋くんでもない。彼によく似た平安装束の君が、微笑んでいる。

 僕を呼んでいるのか、ゆったりとした動作で手招きをしている。

「何かあるのか」

 僕はふらりと足を踏み出した。もしやこん幻覚を見るなんて。やはりこの先になにか手掛かりがあるのでは。

 これは第六感というのもなのか。

 早く。
 すぐ傍に。
 俺はここだ。

 頭の中に流にとよく似た声が響き出す。

 この声は……いにしえの声なのか。

「うっ」

 強い思念に押しつぶされそうになって、眩暈がする。

 呼んでいる。
 僕を……
 行かないと。

 ふらりと何か憑りつかれたように、僕は山奥へと分け入った。

 ひとりで行動しないと流と約束したのに。

 とても山深い。
 険しい山道。

 何故僕はここを歩いているのか。足元も視界も白い霧で包まれている。

 だが、烏帽子をかぶった直衣姿の公達の後ろ姿だけはしっかりと見える。

 何かが変だ。
 何かが……

 彼は夕凪と洋くんにそっくりだ。
 一体誰だ?

 僕をどこへ連れて行くつもりなのか。
 僕はどこに行く?


****

 嫌な予感がする。薙を送り出してから、どうにも落ち着かない。

 洋くんはまだ学会の途中だろうし、俺は翠に代わって寺の仕事を引き受けていたので、ままならない。

 それは分かっているが、どうしても今すぐ翠のもとへ飛んで行きたくなった。

 くそっ、どうしたらいい。

 さっきから翠に電話を掛けるが、何度かけても繋がらない。

 おい、何で出ないんだよ。何をしている?

 まさか……宇治で何か遭ったのか。

 ますます嫌な予感で押しつぶされそうになっている。

 もどかしい。

 やっぱり離れるんじゃなかった。

 翠の横にちゃんとついているべきだった。

 一旦帰って来るように止めるべきだった。

 後悔で押しつぶされそうだ。

 あの日のように……

 あの日もあの日も、俺に残ったのは後悔だけだった。

 そう……遠い昔のあの日も。

 ギリギリは奥歯を噛みしめ地団駄を踏んでいると、山門下の道路に一台の車が止まった。






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