重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
845 / 1,657
11章

いにしえの声 13

しおりを挟む
 全く、とんだ邪魔が入ったな。

 学会のプレゼンテーションを聴きながら、頭の中は油断すると洋のことだけを想っていた。

 高瀬くんは週刊誌の若手心臓外科医を密着取材で、私の担当をした人だったが、私は誰が担当でも、どうでもよかった。

 仕事を早く終えて、ただ洋の元へまっすぐに帰りたい。

 それ以上に何を望む?

 それ以外に欲しいものなんて、何もないのに。

 しかしさっきは大人げなかったか。

 先ほどのランチ時に自分が取った態度を、反省していた。

 最初はちょっとした悪戯心だった。洋が高瀬くんの存在に妬いていると分かったから……

 滅多にない洋の嫉妬は、私にとって甘い蜜だった。

 だが一度知ってしまうと、もっともっと欲しくなってしまい、洋を虐めてしまったのかもしれない。

 まったく午後の会場が別だなんて、ついてないな。

 このパターンだと洋は相当に凹んで、私を置いて帰ってしまいそうだ。

 洋のことなら分かる。
 手に取るように分かるから。

 何年一緒にいたと?
 一番近い所で洋のすべてを見て来たのは、この私だ。

 その自負はある。

「これにて本日は終了となります。ご清聴を感謝したします」

 終わりの挨拶と共に、私は会場を飛び出した。

「高瀬くん、今日は急ぐから失礼するよ」
「えっ張矢先生~待ってくださいよぉ。飲みに行きましょうよ」
「いや遠慮しておくよ。じゃあな」
「あっじゃあ明日の予定は?」

 高瀬くんの声に振り返ることなく進んだ。急いで階段を駆け上り、洋のいる会議室へと向かった。

 ところが一足早く終わってしまったようで、姿が見えなかった。

「やはりな」

 放っておけない。

 こういう行動をする時の洋の気持ちが痛いほど分かる。

 始まる前にホテルの庭でつんけんした態度を取られて、私も意地になってしまったのが悪い。

 せっかく私を追いかけて医療系ライターを目指してくれたのに、酷いことをした。

 とりあえず足早に駅へ向かう。まだ追いつくはずだ。

 駅へ向かう人波に押されながらも、必死に洋の後ろ姿を探した。

 もう辺りは暗い。

 それでも私は洋を探す。絶対に見失わない。
 不思議とそんな矛盾のある自信を持っていた。

「洋、どこだ?」

 やがて人波から外れた街路樹の下で、落ち葉の上にぽつんと立つ青年の姿を捉えることが出来た。

 どこにいても美しい洋。

 通り過ぎる人達が、君のその整った顔をちらちらと盗み見していることに、気が付いていないのか。

 思わず見惚れてしまう程の切なさを纏っている。

 洋に染みついた切なく儚げな雰囲気は持って生まれたもので、どんなに幸福になっても、私がすべてを消すことが出来ないのが不甲斐ない。

「今日は悪かった」

 洋に近づき背後からそう伝えると、洋ははっと振り返った。

 黒い瞳が滲んで……泣きそうな顔をしていた。

「丈、何で?」
「馬鹿だな。洋のことならなんでも分かるのに」
「あ……高瀬さんはよかったのか」

 そんな心配をする洋のことが、本当にいじらしく可愛い。

「あぁ仕事で数回絡んだだけだ。もうこの先はプライベートな時間だから関係ない」
「ふっ……まったく」

 洋はいくらか気が抜けた顔で、微笑んだ。

「洋。何か困ったことが起きたんじゃないか」
「え、なんで分かる?」
「お見通しだよ。洋の表情の一つ一つに意味があるから」
「じゃあさっき何であんな……いや、最初に仕事中だと言ったのは俺の方だ」
「悪かったよ。洋が可愛くて虐めたくなった。つい……」

 洋は苦笑していた。
 でも許してくれている。
 そんな甘い笑みだ。

「丈、そんな子供じみたことを。実はノートパソコンが壊れてしまったようで……困っていた」
「壊れた?」
「うん、電源が付かなくて……必死に手書きでメモを取ったよ」
「どれ見せてみろ。あぁここじゃ暗いな。駅前のカフェに行こう」
「助かるよ」

****

 明るい店内。

 洋はカフェラテに蜂蜜を入れて、美味しそうに飲んでいた。

 子猫がミルクを飲むような、甘い笑顔を浮かべていて無防備だ。

 赤い小さめな舌が誘うようだ。

 そんな顔で煽るな。

 すぐに欲しくなる。

「どう?壊れてしまったのか。やっぱり朝……落としたからかな?はぁ参ったな。データが入っているのに」

 心配そうに覗き込む洋に、苦笑した。

「洋、あのなぁ……これはただの充電切れだ。昨日ちゃんと充電して寝たのか」
「あっ!」

 しまったという表情。

 やれやれ、これだから洋を近くに置いておかないと心配なんだ。

 この美しい顔で、こんなに抜けているとは……本当に嘆かわしい。

「充電器は?」
「あれ? おかしいな。入れたはずなのに」

 ガサゴソと鞄を覗いているが、案の定ないようだ。

「やれやれ……宿に忘れたな。翠兄さんも案外ぼんやりしていて、あてにはならないからな」
「ううっごめん。俺昨日仕事したまま寝てしまって、朝寝坊してバタバタでさ」

 頬を染め恥ずかしがる洋の様子に、私はほくそ笑む。

 洋は私がいないと駄目な方がいい。
 秘かにそう思ってしまう。

 洋はもっとしっかりしたいと頑張っているが、私ももちろん応援しているが……いつまでもこういう面を残していて欲しい。

 私が助けてあげるスペースを空けておいてくれ。



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...