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11章
初心をもって 20
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オレの涙。
誰にも見せたことなんてなかったのに、まさか流さんに見つかるなんて。流さんは父さんの弟なのに、どうして弱味を見せられるのか、不思議だ。
父さんには、こんな風に抱きついたことも抱かれたこともないのに、今流さんの胸に顔を押し付けて涙を堪えているんだろう。
「薙、泣けよ。泣いちまえよ」
もう一度流さんがオレを促す。
ずっと塞き止めていたものが決壊するとは、このことなのか。
「ううぅ……」
さっきまでの嗚咽とは桁違いの号泣になってしまった。
何が悲しいかはもう問題じゃなくて、こんな風に甘えられる胸をずっと待っていた。探していた。
それだけだった。
「薙……お前、随分我慢してたんだな。そうだ吐き出せ。全部吐けばいい」
どうして流さんは欲しかった言葉をくれるのだろう。
タイミングよく届く優しい言葉に安堵した。
味方だ。
この人は味方だ。
オレはこの人を信じる。
この感情につける名前が思いつかないが、独占欲にも似た気持ち?
「流さん……流さん」
涙ってこんな沢山出るものなのか、そんなことも知らなかった。
どこか冷めた目で世界を見つめていた、オレの目だったから。
****
胸元で幼子のように泣きじゃくるまだ細く若木のような薙のことを抱っこするように、あやしてやった。
翠も……こんな風に感情を露わにして欲しかったよ。
あの時も……あの日も……
薙の背中をあやすように擦ってやりながら、想いはあの日の翠の背中へと移ろいで行ってしまう。
あの日……俺を置いて月影寺を結婚のために去っていった、翠の背中を。
****
洋がいないので実に適当な朝食だった。
シリアルに牛乳を適当にかけて無造作に頬張り、ブラックコーヒーを片手に新聞に目を通す。
いつも洋に栄養を取れと言っておきながら、一人になればこのざまだ。
本来の自分は、自分に無関心な男だったことを想い出し、苦笑してしまった。
腹を満たせればいい。
眠る場所があればいい。
着るものなんて拘らない。
衣食住のすべては、私にはさして意味がないものだった。
医師になることだけはまるで後ろから背中を押されるように、積極的に進んだのに、いざなってみても、何も変わらない日々だった。
ひとりが好きで、大病院で多くの人と交わるのは面倒だと思っていた。だから企業のメディカルドクターとして勤めたのだ。
それが今はどうだ。
洋と出逢い、満たしてやりたい思いがあることを知った。
洋の腹を満たしてやりたい、栄養もふんだんに。
洋の安眠を確保してやりたい。
私は羽毛のように洋を包み込み、二度と洋に寂しく寒い思いをさせたくない。
美しい洋が着るものに感心がある。
彼のノーブルな美しさを引き立てる衣で包んでやりたくなる。
そしてこれは一方的ではなかった。
洋はそうすることで優しく微笑み、私のすべてを受け入れてくれる。
「好きな人と食事をすると、楽しいものだな。ずっと美味しく感じるよ」
「丈の腕の中で眠るのが好きだ。人肌がこんなに心地良いなんて……知らなかったよ」
「丈が選んでくれたシャツ、着心地が良くて感動した。丈の想いを一日中感じたよ」
打てば響くかの如く、私の心を満たしてくれた。私は洋によって満たされている。
珈琲を片手に新聞を読んでいると、カウンターに置いたスマホが震えた。
へぇ……洋からのモーニングコールか、珍しい。
いつもは私が起こすまで起きないのに……
思わず目を細め受話器を取った。
「もしもし……」
誰にも見せたことなんてなかったのに、まさか流さんに見つかるなんて。流さんは父さんの弟なのに、どうして弱味を見せられるのか、不思議だ。
父さんには、こんな風に抱きついたことも抱かれたこともないのに、今流さんの胸に顔を押し付けて涙を堪えているんだろう。
「薙、泣けよ。泣いちまえよ」
もう一度流さんがオレを促す。
ずっと塞き止めていたものが決壊するとは、このことなのか。
「ううぅ……」
さっきまでの嗚咽とは桁違いの号泣になってしまった。
何が悲しいかはもう問題じゃなくて、こんな風に甘えられる胸をずっと待っていた。探していた。
それだけだった。
「薙……お前、随分我慢してたんだな。そうだ吐き出せ。全部吐けばいい」
どうして流さんは欲しかった言葉をくれるのだろう。
タイミングよく届く優しい言葉に安堵した。
味方だ。
この人は味方だ。
オレはこの人を信じる。
この感情につける名前が思いつかないが、独占欲にも似た気持ち?
「流さん……流さん」
涙ってこんな沢山出るものなのか、そんなことも知らなかった。
どこか冷めた目で世界を見つめていた、オレの目だったから。
****
胸元で幼子のように泣きじゃくるまだ細く若木のような薙のことを抱っこするように、あやしてやった。
翠も……こんな風に感情を露わにして欲しかったよ。
あの時も……あの日も……
薙の背中をあやすように擦ってやりながら、想いはあの日の翠の背中へと移ろいで行ってしまう。
あの日……俺を置いて月影寺を結婚のために去っていった、翠の背中を。
****
洋がいないので実に適当な朝食だった。
シリアルに牛乳を適当にかけて無造作に頬張り、ブラックコーヒーを片手に新聞に目を通す。
いつも洋に栄養を取れと言っておきながら、一人になればこのざまだ。
本来の自分は、自分に無関心な男だったことを想い出し、苦笑してしまった。
腹を満たせればいい。
眠る場所があればいい。
着るものなんて拘らない。
衣食住のすべては、私にはさして意味がないものだった。
医師になることだけはまるで後ろから背中を押されるように、積極的に進んだのに、いざなってみても、何も変わらない日々だった。
ひとりが好きで、大病院で多くの人と交わるのは面倒だと思っていた。だから企業のメディカルドクターとして勤めたのだ。
それが今はどうだ。
洋と出逢い、満たしてやりたい思いがあることを知った。
洋の腹を満たしてやりたい、栄養もふんだんに。
洋の安眠を確保してやりたい。
私は羽毛のように洋を包み込み、二度と洋に寂しく寒い思いをさせたくない。
美しい洋が着るものに感心がある。
彼のノーブルな美しさを引き立てる衣で包んでやりたくなる。
そしてこれは一方的ではなかった。
洋はそうすることで優しく微笑み、私のすべてを受け入れてくれる。
「好きな人と食事をすると、楽しいものだな。ずっと美味しく感じるよ」
「丈の腕の中で眠るのが好きだ。人肌がこんなに心地良いなんて……知らなかったよ」
「丈が選んでくれたシャツ、着心地が良くて感動した。丈の想いを一日中感じたよ」
打てば響くかの如く、私の心を満たしてくれた。私は洋によって満たされている。
珈琲を片手に新聞を読んでいると、カウンターに置いたスマホが震えた。
へぇ……洋からのモーニングコールか、珍しい。
いつもは私が起こすまで起きないのに……
思わず目を細め受話器を取った。
「もしもし……」
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