重なる月

志生帆 海

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11章

初心をもって 19

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 まだ14歳のあどけない寝顔だ。

 こうやって目を閉じていると、やっぱり翠と面影が重なる。特に目鼻立ちが似てるよな。強いて言えば薙の方が目を開けると、目つきがきつく鋭いけどな。

 翠にもこの位の強さがあれば……

 俺達こんなにまわり道をしなかったのでは。

 いやそうじゃない。

 翠は静かな強さを持っているから耐えられた。

 あらゆることを耐えて凌げたのだ。

 俺には出来ないことだ、本当に。

 そんな悔しさと愛おしさが入り混じった感情で、薙のことを見つめてしまう。

 遠い日の俺と翠のことを想い出す。

 隣で眠っている翠の顔を、こんな風に見つめたことがあったな。

 ずっと触れたくても触れてはいけない人だった。

 昔を回顧しながら……薙のその濡れた頬を指でなぞろうと指を伸ばした瞬間、パッと目を覚ましたので、焦ってしまった。

「うわっ! 何でいるんだよ!」
「あぁ悪い。お前さ……泣いた?」
「えっなんでだよ」
「……涙の痕が」
「違う!泣いてない」

 強情に言い張れば言い張るだけ、痛々しい。

「薙、寂しいなら寂しいと言った方がいい。我慢するのは良くないぞ」
「五月蠅いなっ」

 あんな風にひたずらに自分の感情を押し殺して生きるのは、翠兄さんだけでいい。薙にはそんな人生送って欲しくない。

「何も知らない癖に偉そうに言うなよ」

 薙は図星を刺されたらしく、烈火のごとく怒りだした。

 14歳のエネルギーの爆発だ。

 かつて俺もこんな風に怒りに震えていたので分かる。

 他人事とは思えない。

「お前はやっぱり俺に似てるなぁ」

 思わず拳を握りしめ震える薙を懐に抱いてやった。

 幼子をなだめるように。

「りゅっ!流さんっ」

「お前可愛いよ。いろんな所にぶつけたいんだよな。怒りのエネルギーでこんなに満ちて、こんなに泣いて……馬鹿だ。でもあんまり無理すんな。俺には何でも言え」

 まだ少年の若草のような香りが鼻をかすめる。

 翠の血が流れているのを感じる匂いだ。

「うっ……」

 途端に小さな嗚咽、震える肩。

「誰にも……言うなよ……オレ……が…泣いたこと……」

 そう言いながら俺の胸に縋るように顔を押し付け、肩を震わしていく。

 甥っ子が可愛い、翠の息子だと思うと猶更だ。

「あぁ、お前はまだ14歳なんだ。溜めすぎるな。無理するな」


****

 明け方、うなされて飛び起きた。

 母が乗った飛行機が墜落するという怖い夢に、悲鳴をあげたような気がする。とても嫌な夢だった。

 はぁはぁと肩で息をして悲鳴をあげた乾いた口を塞ぐと、冷たい寝汗が背中を滑り落ちて行くのを感じた。

 オレ……なんで…こんな夢を。

 まるで心の奥を見透かされたような、雨に打たれたような目覚め。

 目元が不覚にも濡れているのに気付いたが、確かめない。

 オレが泣くなんて。

 小さな子供みたいに泣くなんて嘘だ。

 この涙の理由は何だよ……まさか……母が恋しいのか。

 フランスに行ったっきり、ろくに連絡も寄こさない人を?
 それともこの寺に馴染めないから?
 それとも父さんと上手くいってないから?
 それとも新しい中学が不安なのか。

 分からない……分からないよっ!
 なんでオレが泣かなくては、ならないんだよっ!

 濡れた目元を拭きもせず、もう一度眠ることだけに意識を集中させていった。

 眠って……眠って忘れよう。
 泣いたことなんて忘れよう。

 誰にも見られたくないよ。
 こんな弱い姿。
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