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11章
初心をもって 16
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「翠……どうした」
「あっ」
ボロっと大粒の涙が零れてしまった。
流に促されるがままに自分の胸を撫で、片方の乳首を摘まみ、そして下半身へ手を伸ばした途端だった。
確かに疼き張り詰めたものだったのに、そこは悲し気に切なげに震えていた。
僕は遠い昔こうやって自分のことを慰めたことがある。
指で自らの躰を辿れば辿るほど、辛い思い出が蘇ってくるのは一体何故なんだ。
僕はひとりだった?
いやそうじゃない。
世間から見たら一般的な幸せな日々を過ごしていたのだろう。ただその躰の奥に満たされない想いを……秘かに抱きつつ生きていた。
「うっ……」
流に気が付かれないように涙を拭おうと思ったのに、堪え切れなかった嗚咽が北鎌倉にまで届いてしまったようだ。
「翠、どうして泣いている?」
流も心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だ」
「いや無理するな。翠はいつだってそうやって自分の心を隠してしまう、もう隠さなくてもいいいんだ、もう我慢しなくていい」
そんな優しい言葉を労わるようにかけてくれる流に、今すぐ触れたくてしょうがない。
「流……無理だ。離れているのはもう嫌だ。触れ合えないのは嫌だ。昔……遠い昔、いつもそうだった。僕にはそれしか残されていなかった」
昔の記憶と今の気持ちがごちゃ混ぜになっていく。
「翠、落ち着け。誰のことを言っているんだ?」
「僕の曾祖父だよ。あの夕凪の写真に写っていた彼の気持ちが僕を支配していく。このままだと……僕が僕でなくなるようで怖い」
「翠……そんな……」
なんでこんなことに。
電話越しに流と交感にするつもりが、悲しい感情が冷たくが押し寄せてきて、息が苦しい程だよ。
滲み出る涙は、やがて嗚咽に変わっていく。
「翠、悪かった。俺が欲張り過ぎた。お願いだ……落ち着いてくれ。くそっ!今すぐ京都に駆けつけて翠のこと抱きしめたい。もどかしい!」
「流……僕も会いたい」
信じられない程甘ったれた言葉を漏らしている自分に驚いて、思わず口を塞いでしまった。今まで頑張ってきたこと、何もかも試練だと思って前だけを見て生きて来たことが全部音を立てて崩れ落ちていく。
崩れた先には……ただ……流だけがいた。
流がいればいい。
僕のすぐ傍にいてくれるだけでいい。
それが僕の幸せだ。
「うっうっ……」
嗚咽を漏らして布団に蹲り泣いていると、ふわりと肩に布団をかけられた。はっと顔をあげると、洋くんが心配そうに見つめていた。
「翠さん、どうして……泣いて? 何か悲しいことがあったのですか」
「洋くん、僕は……いつからこんなに……弱くなったのだろうか」
思わず洋くんの肩を掴んで問いかけてしまった。
「翠さん……それは違います。翠さんが弱くなったわけではないと思います。ただ素直に感情を外に出す術を知っただけ……ずっと……俺もそうだったから分かります」
洋くんは僕の肩に手をまわし、震える心をなだめてくれた。
「今、流さんと電話を?」
「あっうん」
そのままになっていたスマホを持ち直し、「流……」と声を掛けてみる。
「翠……大丈夫か。悪かった。俺が甘え過ぎたばかりに翠を追い詰めた」
「流が悪いんじゃない。僕がまだ不慣れなだけだ」
「あっ……洋くんが起きたみたいだな」
「うん」
「今宵はこの辺りで切り上げよう。明日も早いのだろう?」
「だが……」
流の方は大丈夫なのだろうか?
僕だけがこんなに感情を昂らせて……
「翠よく聞けよ。隣にいないと不安になるのは俺もだ。俺たち、まだまだだな。丈と洋くんのように離れていても近く感じられるには、まだ修業が足りないみたいだ」
「え……修行?」
「あぁ。まだまだもっと直接抱き合わないとな。ははっ。さぁもう寝ろよ。俺のことなら心配するな。もう大丈夫だ」
「だが……」
「ほら、洋くんも心配そうにしているだろう。その代わり戻ったら茶室に来てくれよ。あそこで抱かせてくれ。今日は我慢するから」
流も甘える。
僕も甘える。
まだ始まったばかりのこの恋は、今宵のように思うようにいかないこともあるだろう。でもこれも修行なのかもしれない。修行なら乗り越えてみせる。流に近づくためなのだから。
「分かった……おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
通話を終えて洋くんのことを見ると、きまり悪そうな表情を浮かべていた。
「翠さん。あの俺……やっぱりお邪魔ですよね? 明日から違う部屋に移動しましょうか」
「ふっ……そんなことを言わなくてもいい。それより洋くん少し話そうか。興奮してしまったから、すぐに眠れないよ」
「いいですよ。でも…何を?」
「そうだね、僕たちが北鎌倉にやってくる前、そしてその後の話を少し。君の恋人の丈の事……君も知りたいだろう」
「知りたいです。すごく……ずっと、ずっと知りたかったことです」
「あっ」
ボロっと大粒の涙が零れてしまった。
流に促されるがままに自分の胸を撫で、片方の乳首を摘まみ、そして下半身へ手を伸ばした途端だった。
確かに疼き張り詰めたものだったのに、そこは悲し気に切なげに震えていた。
僕は遠い昔こうやって自分のことを慰めたことがある。
指で自らの躰を辿れば辿るほど、辛い思い出が蘇ってくるのは一体何故なんだ。
僕はひとりだった?
いやそうじゃない。
世間から見たら一般的な幸せな日々を過ごしていたのだろう。ただその躰の奥に満たされない想いを……秘かに抱きつつ生きていた。
「うっ……」
流に気が付かれないように涙を拭おうと思ったのに、堪え切れなかった嗚咽が北鎌倉にまで届いてしまったようだ。
「翠、どうして泣いている?」
流も心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だ」
「いや無理するな。翠はいつだってそうやって自分の心を隠してしまう、もう隠さなくてもいいいんだ、もう我慢しなくていい」
そんな優しい言葉を労わるようにかけてくれる流に、今すぐ触れたくてしょうがない。
「流……無理だ。離れているのはもう嫌だ。触れ合えないのは嫌だ。昔……遠い昔、いつもそうだった。僕にはそれしか残されていなかった」
昔の記憶と今の気持ちがごちゃ混ぜになっていく。
「翠、落ち着け。誰のことを言っているんだ?」
「僕の曾祖父だよ。あの夕凪の写真に写っていた彼の気持ちが僕を支配していく。このままだと……僕が僕でなくなるようで怖い」
「翠……そんな……」
なんでこんなことに。
電話越しに流と交感にするつもりが、悲しい感情が冷たくが押し寄せてきて、息が苦しい程だよ。
滲み出る涙は、やがて嗚咽に変わっていく。
「翠、悪かった。俺が欲張り過ぎた。お願いだ……落ち着いてくれ。くそっ!今すぐ京都に駆けつけて翠のこと抱きしめたい。もどかしい!」
「流……僕も会いたい」
信じられない程甘ったれた言葉を漏らしている自分に驚いて、思わず口を塞いでしまった。今まで頑張ってきたこと、何もかも試練だと思って前だけを見て生きて来たことが全部音を立てて崩れ落ちていく。
崩れた先には……ただ……流だけがいた。
流がいればいい。
僕のすぐ傍にいてくれるだけでいい。
それが僕の幸せだ。
「うっうっ……」
嗚咽を漏らして布団に蹲り泣いていると、ふわりと肩に布団をかけられた。はっと顔をあげると、洋くんが心配そうに見つめていた。
「翠さん、どうして……泣いて? 何か悲しいことがあったのですか」
「洋くん、僕は……いつからこんなに……弱くなったのだろうか」
思わず洋くんの肩を掴んで問いかけてしまった。
「翠さん……それは違います。翠さんが弱くなったわけではないと思います。ただ素直に感情を外に出す術を知っただけ……ずっと……俺もそうだったから分かります」
洋くんは僕の肩に手をまわし、震える心をなだめてくれた。
「今、流さんと電話を?」
「あっうん」
そのままになっていたスマホを持ち直し、「流……」と声を掛けてみる。
「翠……大丈夫か。悪かった。俺が甘え過ぎたばかりに翠を追い詰めた」
「流が悪いんじゃない。僕がまだ不慣れなだけだ」
「あっ……洋くんが起きたみたいだな」
「うん」
「今宵はこの辺りで切り上げよう。明日も早いのだろう?」
「だが……」
流の方は大丈夫なのだろうか?
僕だけがこんなに感情を昂らせて……
「翠よく聞けよ。隣にいないと不安になるのは俺もだ。俺たち、まだまだだな。丈と洋くんのように離れていても近く感じられるには、まだ修業が足りないみたいだ」
「え……修行?」
「あぁ。まだまだもっと直接抱き合わないとな。ははっ。さぁもう寝ろよ。俺のことなら心配するな。もう大丈夫だ」
「だが……」
「ほら、洋くんも心配そうにしているだろう。その代わり戻ったら茶室に来てくれよ。あそこで抱かせてくれ。今日は我慢するから」
流も甘える。
僕も甘える。
まだ始まったばかりのこの恋は、今宵のように思うようにいかないこともあるだろう。でもこれも修行なのかもしれない。修行なら乗り越えてみせる。流に近づくためなのだから。
「分かった……おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
通話を終えて洋くんのことを見ると、きまり悪そうな表情を浮かべていた。
「翠さん。あの俺……やっぱりお邪魔ですよね? 明日から違う部屋に移動しましょうか」
「ふっ……そんなことを言わなくてもいい。それより洋くん少し話そうか。興奮してしまったから、すぐに眠れないよ」
「いいですよ。でも…何を?」
「そうだね、僕たちが北鎌倉にやってくる前、そしてその後の話を少し。君の恋人の丈の事……君も知りたいだろう」
「知りたいです。すごく……ずっと、ずっと知りたかったことです」
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