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11章
初心をもって 14
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22時に戻ると言ったのに、すっかり遅くなってしまった。
「洋くん、ごめん」
部屋に戻ると、洋くんは壁にもたれて俯いているように見えた。
でも返事はない。
「あれ、眠ってしまったのか」
無防備に眠るその横顔が、どこかいつもより幼くあどけなく見えて、思わず頬に張り付く髪の毛を撫でてやると、まだ濡れていた。
ん? また風呂に行ったのか。それとも寝汗なのか。
手にはスマホを握りしめたままだった。
愛しい人を抱くように、優しく握り締めていた。
「洋くん布団に入ろう」
「んっ……」
そっと布団の中に寝かしてやると、自分から丸まって布団の中にもぞもぞと潜っていった。そのあどけない動きに、小さい頃の弟を思い出す。
可愛いね……本当に君は随分若い。
月影寺にやって来た時は緊張し青ざめていた表情もどんどん解け、柔らかな笑顔、甘えた仕草、いろんな姿を見せてくれるようになった。
布団の上から、よく流にしてやったように、その丸まる背中を撫でてやる。
安定した寝息が心地よい。
「洋くん、良かったね。本当に……」
丈から、かつて君を襲った不幸について聞いた時は、本当にショックだったよ。
僕も似たような目に遭ったけれども、未遂と既遂では大違いだ。
あの時克哉くんに襲われかけた時の驚き、ショック、恥ずかしさがフラッシュバックして来そうなのを必死に抑え込んだ。
そんな目に遭ったのに、君がそれを乗り越えられたのは、丈のおかげなのか。
自分を求め愛してくれる人の存在が、君を生き返らせたのか。
そうなのか。
その場で聞いてみたかった。
僕はあの時のショックを誰にも言えず。いや何度も何度も流が心配して聞いて来たのに、絶対に言わず、心の奥に蓋をして無理矢理しまい込んでしまった。
そんな荒療治が、ひずみを生んだのかもしれない。
結婚したのに、妻に対して欲情しない身体。
男としての本能で形式的に抱くことは出来ても、愛したいという情動がなかったことを認めよう。
彩乃さんは、やがてそれを見破った。
薙という息子を授かっても……変わらない僕に愛想を尽かしたのだ。
ただ彩乃さんの性欲を受け止めるだけの性交には、やはりひずみが生まれてしまうものだ。
離婚。
それは当然の結果だった。
僕は最初から、何かが欠けている人間だった。
欠けたものを探しもせずに、生きて来た。
僕に欠けたものは流、おまえだったのに。
それにしても今宵は静かな夜だ。
窓から見える少し足りない京都の月。
流も北鎌倉で同じ月を見上げているのか。
その時、机の上に無造作に置いたスマホが静かに震えた。
「もしもし……流だね」
「俺だ」
「もういいのか」
「もう翠のための時間だ」
「そうか……茶室にいるのか」
「あぁもうひとりだ」
「流……」
僕は帯留めの月を鞄の中から取り出す。
僕の欠けた心を埋めるのは流だった。
満月となった月を見たかった。
「流……」
「どうした? 随分甘えるな。今朝会ったばかりなのに…」
「おまえが恋しいよ。少しも離れて居たくない。もう……」
優しく響く低い声。
穏かでおおらかで僕のすべて。
流が愛おしい。
離れて過ごす夜だから、会いたい気持ちが募るのだ。
たった一日も離れて居たくない。
長い年月を彷徨った魂だから。
「洋くん、ごめん」
部屋に戻ると、洋くんは壁にもたれて俯いているように見えた。
でも返事はない。
「あれ、眠ってしまったのか」
無防備に眠るその横顔が、どこかいつもより幼くあどけなく見えて、思わず頬に張り付く髪の毛を撫でてやると、まだ濡れていた。
ん? また風呂に行ったのか。それとも寝汗なのか。
手にはスマホを握りしめたままだった。
愛しい人を抱くように、優しく握り締めていた。
「洋くん布団に入ろう」
「んっ……」
そっと布団の中に寝かしてやると、自分から丸まって布団の中にもぞもぞと潜っていった。そのあどけない動きに、小さい頃の弟を思い出す。
可愛いね……本当に君は随分若い。
月影寺にやって来た時は緊張し青ざめていた表情もどんどん解け、柔らかな笑顔、甘えた仕草、いろんな姿を見せてくれるようになった。
布団の上から、よく流にしてやったように、その丸まる背中を撫でてやる。
安定した寝息が心地よい。
「洋くん、良かったね。本当に……」
丈から、かつて君を襲った不幸について聞いた時は、本当にショックだったよ。
僕も似たような目に遭ったけれども、未遂と既遂では大違いだ。
あの時克哉くんに襲われかけた時の驚き、ショック、恥ずかしさがフラッシュバックして来そうなのを必死に抑え込んだ。
そんな目に遭ったのに、君がそれを乗り越えられたのは、丈のおかげなのか。
自分を求め愛してくれる人の存在が、君を生き返らせたのか。
そうなのか。
その場で聞いてみたかった。
僕はあの時のショックを誰にも言えず。いや何度も何度も流が心配して聞いて来たのに、絶対に言わず、心の奥に蓋をして無理矢理しまい込んでしまった。
そんな荒療治が、ひずみを生んだのかもしれない。
結婚したのに、妻に対して欲情しない身体。
男としての本能で形式的に抱くことは出来ても、愛したいという情動がなかったことを認めよう。
彩乃さんは、やがてそれを見破った。
薙という息子を授かっても……変わらない僕に愛想を尽かしたのだ。
ただ彩乃さんの性欲を受け止めるだけの性交には、やはりひずみが生まれてしまうものだ。
離婚。
それは当然の結果だった。
僕は最初から、何かが欠けている人間だった。
欠けたものを探しもせずに、生きて来た。
僕に欠けたものは流、おまえだったのに。
それにしても今宵は静かな夜だ。
窓から見える少し足りない京都の月。
流も北鎌倉で同じ月を見上げているのか。
その時、机の上に無造作に置いたスマホが静かに震えた。
「もしもし……流だね」
「俺だ」
「もういいのか」
「もう翠のための時間だ」
「そうか……茶室にいるのか」
「あぁもうひとりだ」
「流……」
僕は帯留めの月を鞄の中から取り出す。
僕の欠けた心を埋めるのは流だった。
満月となった月を見たかった。
「流……」
「どうした? 随分甘えるな。今朝会ったばかりなのに…」
「おまえが恋しいよ。少しも離れて居たくない。もう……」
優しく響く低い声。
穏かでおおらかで僕のすべて。
流が愛おしい。
離れて過ごす夜だから、会いたい気持ちが募るのだ。
たった一日も離れて居たくない。
長い年月を彷徨った魂だから。
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