重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
821 / 1,657
11章

初心をもって 10

しおりを挟む
「軽蔑するよね……僕と流は実の兄弟なのに」

 胸元の傷痕を隠すように、湯船に更に深く浸かった翠さんに、小さな声で問いかけられた。

 白い湯気の向こうの表情は曇ってよく見えない。

 だがきっと苦し気な表情を浮かべていると思った。

「いいえ」

 軽蔑なんて、するはずないじゃないか。

 ここ最近の翠さんの穏かな満ち足りた表情と流さんの明るい笑顔。

 二人が愛しあっている事は誰にも言わない。

 むしろ応援したい。

 それは心から思っていることだった。

 それにしても……こんなにもすんなりと受け入れられるのは、何故だろう。

 胸の奥から『喜び』という感情がやってくる。

「やっと結ばれたあなたたちのことを、応援しています」

 やっと……?

 自然と口から零れた言葉に自分ではっとして、思わず口を押えてしまった。

 俺は一体何を知っているのだろう?

 ヨウ将軍でも、洋月の君でもない人物の記憶が蘇ってくる。

 これはまさか夕凪……あの日邂逅した君の願いなのか。

 翠さんと流さんの恋を応援したかったのは、君なのか。

 翠さんと流さんのことに気が付いた時に、どうしても京都へ行かないといけないと思った。そこからは不思議と用意されたように順調だった。思いがけない所から京都での仕事が舞い込み、翠さんも同行してくれた。

 本当にすべてが最初から決まっていたかのよう。

 その意味を知った。


****

「洋くん、僕は少し道昭と飲んでくるから先に部屋に戻っていて。そうだな1時間後、22時には戻るよ」

 部屋の前まで戻って来たのに何故か翠さんは部屋には入らず、そのまま浴衣姿で道昭さんの部屋に行ってしまった。

 大丈夫だろうか?

 道昭さんは大学の同級生で、少しも嫌なところはなかったから信じよう。

 それにしても妙に細かい時間まで指定してくれるんだな。

 あ……そうか。翠さんは気をつかってくれたのか。俺が丈に電話する時間をくれたのか。

 さり気ない心遣い。

 さっき電話に出れなかった俺のために。

 翠さんの気遣いが温かくて心地よい。

 本当に有難いよ。

 こんなにも俺は愛されている。

 そう思うと、本当に翠さんと兄弟になれて良かったと思う。

……

よかったな。俺も名残惜しかった。あの人たちの元を離れなければ……俺が傍にいれば、あんなことにならなかったのではと、ずっと死ぬまで悔やんでいた。

……

 また遠い昔から声が聞こえる。

 兄弟になりたかったのか。
 夕凪……君も。

 時計を見ると21時過ぎ。
 俺はすぐに丈へと電話をかけた。

 京都から鎌倉へ、声を繋ごう。


****


 時計の針は21時を回ったところだ。

 来る。

 そんな予感が走った。

 ベッドの上に置いたスマホに、洋からの着信通知が灯る。

「もしもし……」
「丈、俺」
「あぁ」
「あの、さっきはごめん」

 ふっ……真っ先に謝ってくるのか。
 そんな生真面目な所、相変わらずだな。

「いや、いいよ。今の方がゆっくり話せるだろう。翠兄さんと一緒の部屋なのか」

 今度は私が気遣って聞いてみる。

「翠さんと同じ部屋だが、今は大学の同級生の所に行っているよ」
「大学の同級生? 大丈夫か」
「え……あ? うん…何を心配している?」
「あぁ悪い。なんでだろう。最近になって翠兄さんと洋が被るのか。なんだか放っておけなくてな」
「そうか……」

 喉が渇いて、また一口梅酒を呑む。

 カランカランと氷が音を奏でる。

 舌先に感じ取るのは、甘く濃くとろりとした蜜の味。

「丈、今何か飲んでいるのか」
「あぁ梅酒。洋のを拝借したよ」

「あっ!勝手に飲んだな。それ流さんが漬けてくれた大事なのだから、あまり飲むなよっ」
「ははっ、まだ一杯目だ」
「でも珍しいな。丈はいつもワインかウイスキーなのに」
「今宵は甘いのを飲みたかったからな」
「そうか……それ美味しいだろう?」
「あぁ洋のこと考えながら飲んでいた。洋を感じたくてな」

 受話器の向こうで洋がゴクッと喉を鳴らしたような気がする。

「丈……俺も、丈のこと考えていたよ」

「梅酒は甘くて濃くてまろやかで、私の腕の中で熟成していく洋のようだよ。洋の躰も甘いからな」

「丈、そんな言い方やめろよ、変になる」

 受話器の向こうで、今度はきっと耳まで赤くして赤面しているのだろう。

 本当に初心な反応を。

 一人寝の寂しさからか、それとも梅酒のせいか。

 もっと洋を苛めたくなってしまった。




しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

処理中です...