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11章
初心をもって 10
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「軽蔑するよね……僕と流は実の兄弟なのに」
胸元の傷痕を隠すように、湯船に更に深く浸かった翠さんに、小さな声で問いかけられた。
白い湯気の向こうの表情は曇ってよく見えない。
だがきっと苦し気な表情を浮かべていると思った。
「いいえ」
軽蔑なんて、するはずないじゃないか。
ここ最近の翠さんの穏かな満ち足りた表情と流さんの明るい笑顔。
二人が愛しあっている事は誰にも言わない。
むしろ応援したい。
それは心から思っていることだった。
それにしても……こんなにもすんなりと受け入れられるのは、何故だろう。
胸の奥から『喜び』という感情がやってくる。
「やっと結ばれたあなたたちのことを、応援しています」
やっと……?
自然と口から零れた言葉に自分ではっとして、思わず口を押えてしまった。
俺は一体何を知っているのだろう?
ヨウ将軍でも、洋月の君でもない人物の記憶が蘇ってくる。
これはまさか夕凪……あの日邂逅した君の願いなのか。
翠さんと流さんの恋を応援したかったのは、君なのか。
翠さんと流さんのことに気が付いた時に、どうしても京都へ行かないといけないと思った。そこからは不思議と用意されたように順調だった。思いがけない所から京都での仕事が舞い込み、翠さんも同行してくれた。
本当にすべてが最初から決まっていたかのよう。
その意味を知った。
****
「洋くん、僕は少し道昭と飲んでくるから先に部屋に戻っていて。そうだな1時間後、22時には戻るよ」
部屋の前まで戻って来たのに何故か翠さんは部屋には入らず、そのまま浴衣姿で道昭さんの部屋に行ってしまった。
大丈夫だろうか?
道昭さんは大学の同級生で、少しも嫌なところはなかったから信じよう。
それにしても妙に細かい時間まで指定してくれるんだな。
あ……そうか。翠さんは気をつかってくれたのか。俺が丈に電話する時間をくれたのか。
さり気ない心遣い。
さっき電話に出れなかった俺のために。
翠さんの気遣いが温かくて心地よい。
本当に有難いよ。
こんなにも俺は愛されている。
そう思うと、本当に翠さんと兄弟になれて良かったと思う。
……
よかったな。俺も名残惜しかった。あの人たちの元を離れなければ……俺が傍にいれば、あんなことにならなかったのではと、ずっと死ぬまで悔やんでいた。
……
また遠い昔から声が聞こえる。
兄弟になりたかったのか。
夕凪……君も。
時計を見ると21時過ぎ。
俺はすぐに丈へと電話をかけた。
京都から鎌倉へ、声を繋ごう。
****
時計の針は21時を回ったところだ。
来る。
そんな予感が走った。
ベッドの上に置いたスマホに、洋からの着信通知が灯る。
「もしもし……」
「丈、俺」
「あぁ」
「あの、さっきはごめん」
ふっ……真っ先に謝ってくるのか。
そんな生真面目な所、相変わらずだな。
「いや、いいよ。今の方がゆっくり話せるだろう。翠兄さんと一緒の部屋なのか」
今度は私が気遣って聞いてみる。
「翠さんと同じ部屋だが、今は大学の同級生の所に行っているよ」
「大学の同級生? 大丈夫か」
「え……あ? うん…何を心配している?」
「あぁ悪い。なんでだろう。最近になって翠兄さんと洋が被るのか。なんだか放っておけなくてな」
「そうか……」
喉が渇いて、また一口梅酒を呑む。
カランカランと氷が音を奏でる。
舌先に感じ取るのは、甘く濃くとろりとした蜜の味。
「丈、今何か飲んでいるのか」
「あぁ梅酒。洋のを拝借したよ」
「あっ!勝手に飲んだな。それ流さんが漬けてくれた大事なのだから、あまり飲むなよっ」
「ははっ、まだ一杯目だ」
「でも珍しいな。丈はいつもワインかウイスキーなのに」
「今宵は甘いのを飲みたかったからな」
「そうか……それ美味しいだろう?」
「あぁ洋のこと考えながら飲んでいた。洋を感じたくてな」
受話器の向こうで洋がゴクッと喉を鳴らしたような気がする。
「丈……俺も、丈のこと考えていたよ」
「梅酒は甘くて濃くてまろやかで、私の腕の中で熟成していく洋のようだよ。洋の躰も甘いからな」
「丈、そんな言い方やめろよ、変になる」
受話器の向こうで、今度はきっと耳まで赤くして赤面しているのだろう。
本当に初心な反応を。
一人寝の寂しさからか、それとも梅酒のせいか。
もっと洋を苛めたくなってしまった。
胸元の傷痕を隠すように、湯船に更に深く浸かった翠さんに、小さな声で問いかけられた。
白い湯気の向こうの表情は曇ってよく見えない。
だがきっと苦し気な表情を浮かべていると思った。
「いいえ」
軽蔑なんて、するはずないじゃないか。
ここ最近の翠さんの穏かな満ち足りた表情と流さんの明るい笑顔。
二人が愛しあっている事は誰にも言わない。
むしろ応援したい。
それは心から思っていることだった。
それにしても……こんなにもすんなりと受け入れられるのは、何故だろう。
胸の奥から『喜び』という感情がやってくる。
「やっと結ばれたあなたたちのことを、応援しています」
やっと……?
自然と口から零れた言葉に自分ではっとして、思わず口を押えてしまった。
俺は一体何を知っているのだろう?
ヨウ将軍でも、洋月の君でもない人物の記憶が蘇ってくる。
これはまさか夕凪……あの日邂逅した君の願いなのか。
翠さんと流さんの恋を応援したかったのは、君なのか。
翠さんと流さんのことに気が付いた時に、どうしても京都へ行かないといけないと思った。そこからは不思議と用意されたように順調だった。思いがけない所から京都での仕事が舞い込み、翠さんも同行してくれた。
本当にすべてが最初から決まっていたかのよう。
その意味を知った。
****
「洋くん、僕は少し道昭と飲んでくるから先に部屋に戻っていて。そうだな1時間後、22時には戻るよ」
部屋の前まで戻って来たのに何故か翠さんは部屋には入らず、そのまま浴衣姿で道昭さんの部屋に行ってしまった。
大丈夫だろうか?
道昭さんは大学の同級生で、少しも嫌なところはなかったから信じよう。
それにしても妙に細かい時間まで指定してくれるんだな。
あ……そうか。翠さんは気をつかってくれたのか。俺が丈に電話する時間をくれたのか。
さり気ない心遣い。
さっき電話に出れなかった俺のために。
翠さんの気遣いが温かくて心地よい。
本当に有難いよ。
こんなにも俺は愛されている。
そう思うと、本当に翠さんと兄弟になれて良かったと思う。
……
よかったな。俺も名残惜しかった。あの人たちの元を離れなければ……俺が傍にいれば、あんなことにならなかったのではと、ずっと死ぬまで悔やんでいた。
……
また遠い昔から声が聞こえる。
兄弟になりたかったのか。
夕凪……君も。
時計を見ると21時過ぎ。
俺はすぐに丈へと電話をかけた。
京都から鎌倉へ、声を繋ごう。
****
時計の針は21時を回ったところだ。
来る。
そんな予感が走った。
ベッドの上に置いたスマホに、洋からの着信通知が灯る。
「もしもし……」
「丈、俺」
「あぁ」
「あの、さっきはごめん」
ふっ……真っ先に謝ってくるのか。
そんな生真面目な所、相変わらずだな。
「いや、いいよ。今の方がゆっくり話せるだろう。翠兄さんと一緒の部屋なのか」
今度は私が気遣って聞いてみる。
「翠さんと同じ部屋だが、今は大学の同級生の所に行っているよ」
「大学の同級生? 大丈夫か」
「え……あ? うん…何を心配している?」
「あぁ悪い。なんでだろう。最近になって翠兄さんと洋が被るのか。なんだか放っておけなくてな」
「そうか……」
喉が渇いて、また一口梅酒を呑む。
カランカランと氷が音を奏でる。
舌先に感じ取るのは、甘く濃くとろりとした蜜の味。
「丈、今何か飲んでいるのか」
「あぁ梅酒。洋のを拝借したよ」
「あっ!勝手に飲んだな。それ流さんが漬けてくれた大事なのだから、あまり飲むなよっ」
「ははっ、まだ一杯目だ」
「でも珍しいな。丈はいつもワインかウイスキーなのに」
「今宵は甘いのを飲みたかったからな」
「そうか……それ美味しいだろう?」
「あぁ洋のこと考えながら飲んでいた。洋を感じたくてな」
受話器の向こうで洋がゴクッと喉を鳴らしたような気がする。
「丈……俺も、丈のこと考えていたよ」
「梅酒は甘くて濃くてまろやかで、私の腕の中で熟成していく洋のようだよ。洋の躰も甘いからな」
「丈、そんな言い方やめろよ、変になる」
受話器の向こうで、今度はきっと耳まで赤くして赤面しているのだろう。
本当に初心な反応を。
一人寝の寂しさからか、それとも梅酒のせいか。
もっと洋を苛めたくなってしまった。
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