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11章
初心をもって 5
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「早速だが、本題に入ろう」
通された部屋に荷物を置いてお茶を飲んで一服していると、再び道昭さんが入って来た。
「人探しだって?」
「うん、これを見てくれ」
翠さんは持って来た風呂敷とセピア色の写真を取り出して、机の上に置いた。道昭さんはそれを手に取り、しげしげと見た後、盛大な溜息を漏らした。
「参ったな。人探しって生きてる人じゃないのか。これ、いつの時代だ?」
「大正時代だ。この写真に写っている人物……真ん中の青年の行方を捜している」
「ずいぶんマニアックな人探しだな。それにしてもこの右隣りの人、翠に少し似ているな」
「僕の曾祖父だよ」
「なるほど!」
「それから彼はおそらく絵師をしていたのではと思っている。これを見てくれ」
折り畳まれた風呂敷を机の上に広げてみると、経年劣化と色褪せがあるものの深い碧色が広がった。まるで深い森林の濃淡を映しとったような色合いで柄はない。ただ色と色が滲んでいく様子を描いていた。
「ほぅこれは美しいな」
「わぁ、翠さん綺麗ですね。この色のグラデーション。これを夕凪が?」
「うん。曾祖父の形見ということだが、僕はそう思っている」
「この風呂敷と一緒に何か残っていなかったのですか。手紙とか住所を示すものとか……そういう類のものは」
少しでも手掛かりが欲しい。
「残念ながら何もなかった。ただ夕凪は京都から来て、京都へ帰ったという言い伝えだけだ」
「そうなんですか」
翠さんの返事に、俺は落胆した。
本当にこの二つの品物だけで本当に探せるのだろうか。
この広い京都で……しかも過去の人物を。
「絵師か。確かにこの風呂敷に使っている布は着物に使われる上質なものだな。京都の絵師なら京友禅だろうな」
道昭さんの言葉にはっとする。あぁそうだ。あの俺が結婚式に着た着物もそうだ。きっと彼は京友禅の絵師だ。
「そうだね。着物も残されていた。洋くんが着た着物は夕凪は作ったものだったな」
どうやら翠さんも同じことを考えていたようだ。
「道昭……なぁ何か当てはあるか」
「あぁ法衣を頼んでいる出入りの店があるから、そこから大正時代から続く老舗の呉服屋を紹介してもらおう」
「なるほど、頼むよ」
そこまで話すと道昭さんは笑った。
「翠、お前大学の頃と感じが変わったなぁ」
「え?そうか」
「あの頃は何かに耐えることが生き甲斐のような、悲壮な表情をしていることも多かったが、どうした? いいことあったのか。確か、その、離婚してずいぶん経つよな」
「おいっ!」
「いやまてよ、この綺麗な連れって弟なんかじゃなく、あれか?」
「馬鹿言うなよっ。お前こそ冗談が上手くなったな」
「ははっ、あとでうちの嫁さんを紹介させてくれ。あーでもっ翠達を見たら騒ぎそうだがな。アイドルの追っかけしているから」
「くくっ……道昭、いいお嫁さんもらったな」
翠さんはたいして驚くこともなく肩を揺らしていた。俺の方は最初は動揺したが、彼が本当に悪びれずに言うのでかえってすっきりした。
それに翠さんの余裕の笑みに、きっと流さんと上手くいっているのだろうと心の奥底で嬉しくなった。
****
「ハーックションっ!」
「うわっ!流さん、汚いな。ご飯にかかったじゃないかっ」
「はは、おかしーな。風邪ひいてないのに、誰か噂話でもしてるのか」
「ふーん、自意識過剰だな」
「おい、それはないだろう?」
「だってもう三十六歳なんて、おじさんだろ」
そこまで言ってオレは言葉を止めた。
おじさんになんて、到底見えない。
流さんはとてもカッコイイ。
工房で作務衣姿で陶芸をしたりしている姿なんて、本当にさまになっている。まして今日は父さんの代わりに作務衣ではなく袈裟姿だから、いつもより男気が増している。
「さぁ、早く食べろ。もうすぐテストなんだろう」
「あーそうだった。流さん数学分かる? 教えてよ」
「俺に勉強は無理無理。あっそうだ、丈なら医者だから理系は強いぞ。あいつに聞こう」
「えー何それ」
丈さんじゃなくて、流さんがいい。
父さんが洋さんと一緒に京都へ旅行に行ったので、オレは流さんと二人きりで夕食を取っている。そのせいで、いつになく楽しく、はしゃいでしまったかもしれない。
「薙、ほら早く食えよ。一杯食べないと太れないぞ。お前体型まで父親似でほっそりしているんだな」
「食べるよっ」
父さん似と言われるのは、オレは嫌だ。なのに流さんは、とても嬉しそうに話す。
そのことに何故かムカムカしてしまう。これって何でかな。
流さんが父さんの話をするのが、最近ますます嫌になってきた。
本当にどうして?
通された部屋に荷物を置いてお茶を飲んで一服していると、再び道昭さんが入って来た。
「人探しだって?」
「うん、これを見てくれ」
翠さんは持って来た風呂敷とセピア色の写真を取り出して、机の上に置いた。道昭さんはそれを手に取り、しげしげと見た後、盛大な溜息を漏らした。
「参ったな。人探しって生きてる人じゃないのか。これ、いつの時代だ?」
「大正時代だ。この写真に写っている人物……真ん中の青年の行方を捜している」
「ずいぶんマニアックな人探しだな。それにしてもこの右隣りの人、翠に少し似ているな」
「僕の曾祖父だよ」
「なるほど!」
「それから彼はおそらく絵師をしていたのではと思っている。これを見てくれ」
折り畳まれた風呂敷を机の上に広げてみると、経年劣化と色褪せがあるものの深い碧色が広がった。まるで深い森林の濃淡を映しとったような色合いで柄はない。ただ色と色が滲んでいく様子を描いていた。
「ほぅこれは美しいな」
「わぁ、翠さん綺麗ですね。この色のグラデーション。これを夕凪が?」
「うん。曾祖父の形見ということだが、僕はそう思っている」
「この風呂敷と一緒に何か残っていなかったのですか。手紙とか住所を示すものとか……そういう類のものは」
少しでも手掛かりが欲しい。
「残念ながら何もなかった。ただ夕凪は京都から来て、京都へ帰ったという言い伝えだけだ」
「そうなんですか」
翠さんの返事に、俺は落胆した。
本当にこの二つの品物だけで本当に探せるのだろうか。
この広い京都で……しかも過去の人物を。
「絵師か。確かにこの風呂敷に使っている布は着物に使われる上質なものだな。京都の絵師なら京友禅だろうな」
道昭さんの言葉にはっとする。あぁそうだ。あの俺が結婚式に着た着物もそうだ。きっと彼は京友禅の絵師だ。
「そうだね。着物も残されていた。洋くんが着た着物は夕凪は作ったものだったな」
どうやら翠さんも同じことを考えていたようだ。
「道昭……なぁ何か当てはあるか」
「あぁ法衣を頼んでいる出入りの店があるから、そこから大正時代から続く老舗の呉服屋を紹介してもらおう」
「なるほど、頼むよ」
そこまで話すと道昭さんは笑った。
「翠、お前大学の頃と感じが変わったなぁ」
「え?そうか」
「あの頃は何かに耐えることが生き甲斐のような、悲壮な表情をしていることも多かったが、どうした? いいことあったのか。確か、その、離婚してずいぶん経つよな」
「おいっ!」
「いやまてよ、この綺麗な連れって弟なんかじゃなく、あれか?」
「馬鹿言うなよっ。お前こそ冗談が上手くなったな」
「ははっ、あとでうちの嫁さんを紹介させてくれ。あーでもっ翠達を見たら騒ぎそうだがな。アイドルの追っかけしているから」
「くくっ……道昭、いいお嫁さんもらったな」
翠さんはたいして驚くこともなく肩を揺らしていた。俺の方は最初は動揺したが、彼が本当に悪びれずに言うのでかえってすっきりした。
それに翠さんの余裕の笑みに、きっと流さんと上手くいっているのだろうと心の奥底で嬉しくなった。
****
「ハーックションっ!」
「うわっ!流さん、汚いな。ご飯にかかったじゃないかっ」
「はは、おかしーな。風邪ひいてないのに、誰か噂話でもしてるのか」
「ふーん、自意識過剰だな」
「おい、それはないだろう?」
「だってもう三十六歳なんて、おじさんだろ」
そこまで言ってオレは言葉を止めた。
おじさんになんて、到底見えない。
流さんはとてもカッコイイ。
工房で作務衣姿で陶芸をしたりしている姿なんて、本当にさまになっている。まして今日は父さんの代わりに作務衣ではなく袈裟姿だから、いつもより男気が増している。
「さぁ、早く食べろ。もうすぐテストなんだろう」
「あーそうだった。流さん数学分かる? 教えてよ」
「俺に勉強は無理無理。あっそうだ、丈なら医者だから理系は強いぞ。あいつに聞こう」
「えー何それ」
丈さんじゃなくて、流さんがいい。
父さんが洋さんと一緒に京都へ旅行に行ったので、オレは流さんと二人きりで夕食を取っている。そのせいで、いつになく楽しく、はしゃいでしまったかもしれない。
「薙、ほら早く食えよ。一杯食べないと太れないぞ。お前体型まで父親似でほっそりしているんだな」
「食べるよっ」
父さん似と言われるのは、オレは嫌だ。なのに流さんは、とても嬉しそうに話す。
そのことに何故かムカムカしてしまう。これって何でかな。
流さんが父さんの話をするのが、最近ますます嫌になってきた。
本当にどうして?
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