重なる月

志生帆 海

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11章

初心をもって 2

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「翠……」

 流が僕を抱きしめる。
 ビクっと躰が震えるが、ここは茶室だ。

 ほっと息を吐くと、流が僕の顎を掴んで上を向かせ、そのまま口づけしてくる。

 霜月の朝。肌寒い躰を温めてくれるのか。

「んっ……」

 実の弟なのに、僕の想い人。

 もうその禁忌は僕を酷くは苦しめないのに、こうやって躰の一部を重ねるたびに、何かが胸の奥で騒ぎ出す。


……
 湖翠……俺たちやっと自由に愛しあえるな
 この時を待っていた。
 そろそろ俺を探してくれないか。
 お前の元に戻りたい。
 近くで眠りたい。
……

 これは情念というのか。
 曾祖父とその弟が切に願い望んだ結末を、僕達が引き継いだのか。

 流の手が僕の躰に触れて来る。
 愛おしそうに、確認するように。

「どうした?」
「ん、翠が今日から京都に行ってしまうから、寂しくてな」
「すまない。寺のこと頼んだぞ」
「翠がいない数年間やってきたことだ。だからちゃんとこなすよ」
「うん……あと薙のことも大丈夫だろうか。流には懐いているようだが」
「あぁ薙はいい子だよ。俺の言うことはよく聞いてくれるし、あっ」

 流は、一瞬しまったという顔をした。
 僕の顔が引きつったのを感じたのか。

「翠、そんな顔すんなって。いつか解けるよ……必ず」

 僕は息子との関係を深めることが、相変わらず出来ていなかった。その一方で薙はどんどん流には懐いていった。

 父親としての不甲斐なさはある。
 だが……どうしようもない埋められない溝も。

 それに薙が懐いている流と僕が、こんな深い関係であることは、決して悟られてはいけない。

「さぁそろそろ仕度をしましょう。まずはその寝間着を着替えないと」
「ふっ」
「なにがおかしいんです?」
「ん、お前の口調が昔のようの余所余所しくなるから」
「あぁ」

 流はその男気のある顔を綻ばせた。

「兄さん、こういうのも好きでしょう?」
「え」

 口づけは解かれたのに、今度は襟元に手を差しこまれ、片肌を露わにされる。首筋に流の唇が触れ、ピリッと小さな痛みが走る。

「つっ……」

 きつく吸い上げられた部分には、恐らく花が咲いただろう。

 痛くて……小さな悲鳴をあげると、今度はペロペロと労わるように舐められた。

「連れて行けよ」
「え?」
「俺も一緒に行きたい。翠だけじゃ不安だ」

 そうか……首筋の痕の意味を悟り、僕は流の肩に手をまわし優しく包みこんだ。

「流、大丈夫だよ。洋くんもいるし、何かあったらすぐにお前を呼ぶ」
「どうだか……洋くんと一緒というのが、心許ないよ」
「彼はしっかりしているよ。芯が強い」
「だが見た目は嗜虐的だ」
「おい! 酷いこと言うな、彼は僕たちの理解者だよ」
「えっ、そうなのか。俺と翠の関係をもう知っているのか」
「おそらく……彼は夕凪との縁があるから、いち早く察したような」
「そうか、参ったな」

 恥ずかしそうに流が笑う。

「大丈夫だよ。洋くんは味方だ」
「それは分かっているが、もう揶揄えないな」
「お前は全く」
「あぁもうこんな時間だ。朝のお勤めから俺の役目か」
「悪いな」

 流の用意してくれた洋服を着ようと浴衣をすべて脱ぐと、僕の躰を流が愛おしそうに見つめている。

「どうした?」
「ここ、綺麗に痕がついたな」

 首筋のさっき、きつく吸われた部分を流が指でなぞってくる。こんな行為にすら、僕の躰は素直に過敏に反応するようになってしまった。

「馬鹿、もう触れるな」
「一緒に行けないから。せめて俺がつけた痕を連れて行け」



 そんな情熱的なことを早朝から囁かれて、照れてしまう。

 本当に愛おしい。

 僕の想い人。

 しばし離れることになるが、この旅は流に近づく旅になるだろう。

 今日、僕は旅立つ。

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