重なる月

志生帆 海

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11章

夜の帳 3

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 月影寺に奥庭に咲く山茶花《さざんか》の花を手折って、僕は墓地にやってきた。

 僕の曾祖父は曾祖母と一緒に眠っている。それは確かなことで間違いない。二人の名が墓石に連なって刻まれているのだから。

 でも……何度見ても、この墓地は不思議な光景だ。
 すぐ隣に、何も刻まれていない墓石が寄り添っている。

 この墓は二人が亡くなった後に建てられたのは確かだ。建立年月日だけが小さく刻まれていたから。

 名のない墓。

 幼い頃から……この墓を見るたびに切ない気持ちが満ちて来た。

 ふと見ると今日は墓の前に、白い花が供えられていた。

「一体誰が……」
「翠さん」

 優しい声を掛けられ振り返ると、洋くんが微笑んでいた。

「あ……この花は君が?」

「ご迷惑でしたか、勝手にすみません」

「とんでもない、嬉しいよ。あぁこれも山茶花なんだね、白くて綺麗だ」

「はい。あの……山茶花の花言葉も素敵ですよ。花言葉が困難に打ち克つひたむきさだそうです。翠さん、俺はこの寺に来てから、花の名前を沢山覚えましたよ。この寺は本当に花で溢れている」

「そうだね、確か曾祖父が花が好きだったと聞いているよ」

「一年中、何かしらの花が咲いているので、お墓に供えるのに困りませんね。あっ勝手に花を手折ってすいません」

 洋くんが頬を赤く染めながら恐縮した。その姿がなんだか愛らしい。

「洋くん、それを言ったら僕もほら」
「あっ翠さんもですか、なんだ」
「ふっ……そういうこと」

 僕の手の赤い山茶花が嬉しそうに揺れていた。

 いいね。いい風が吹いて来る。

 新しく出来た優しい弟の洋くんとは、本当に波長が合うな。

 遠い昔の僕にもこんな風に、優しく花の話をして微笑みあえる、弟のような人がいたような気がする。

 きっとその子の名は夕凪だろう。僕の曾祖父が大事にした弟のような存在だと伝えられている。

 あの洋くんが結婚式に着た白い衣と共に……曾祖父とその弟と夕凪の三人で撮った写真だけが残されていた。その軌跡は確かに残っている。

 つまり僕の魂には曾祖父の心が入っているのか。

 僕が流を愛したように、曾祖父も弟を愛したのか。

 その考えがやはり正しいと思う。

 ところがこの寺には肝心の曾祖父の弟の痕跡が残っていない。

 何故なのか。

 夕凪……この寺に暫くの間滞在した彼ならば、その理由を知っていたのか。

「夕凪……さんも、花が好きだったのかもしれませんね」
「え……」

 突然、洋くんも同じ名前を口ずさんだので驚いてしまった。

「翠さんも……今、彼のことを?」
「そうだよ。なんで分かった?」
「翠さん……夕凪さんというのはこの寺を去ってどこへ行ったのですか」
「なんで?それを……」

「驚かないでください。輪廻転生という言葉がある通り、俺の魂の中には彼の心が入っているような気がして。俺、夕凪さんの足取りを追ってみたい。それを知ることで、もしかしたら翠さんが救われるかもしれないと思って」

 ドキッとした。

 やはり洋くんは僕と流のことを知っているのか。
 僕たちの深い恋路を見守ってくれているのか。

 僕の動揺が伝わったようで、洋くんは静かに言葉を繋いだ。

「翠さん、俺と行きませんか」
「え……どこへ」
「夕凪さんの足取りを探しに」
「……なんで」
「その……翠さんと流さんの今後に関係するような気がして」
「流と僕……洋くんはもしかして」

 どこまで知っているのか。僕と流が愛しあっていることを知っているのか。

 聞きたいのに、聞けない。

 そんなこと僕の口から。

 すると洋くんは微笑んでくれた。

「いいと思ます。俺はそう思っています。翠さんは何も心配しないで……こんな俺を受け入れてくれたあなたたちのことを。ただ守りたいだけなんです」

「洋くん、君は、もしかして?」

「あの、夕凪さんは京都出身なんですよね。俺、ちょうど月末にライターの仕事で京都に行くんです。もし良かったら一緒に行きませんか。お寺のこと、数日ならなんとかなりますか」

「それは流に聞いてみないと」

「大丈夫です。行くのは11月の終わりの週なので、よかったら考えてみてください」

「分かった」

 やはり知っているようだ。

 知っていて、こんなことを言ってくれるのだね。

 この寺に丈が生まれ、洋くんと結ばれて戻ってきた意味が、今繋がっていく。

 僕と流にとって、曾祖父にはいなかった二人目の弟の丈という存在が、こんな意味を持っていたなんて。





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