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第2部 10章
ただいまとお帰り 13
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「洋、もうそろそろ行くよ」
「あっもうそんな時間?」
丈に話しかけられて、はっと我に返った。
手紙に夢中で、まだ着替えてもいなかった。
「おいで、着せてあげよう」
丈が俺のバスローブをほどき、シャツを羽織らせてくれる。ボタンを上から一つずつ丁寧に止めてくれる。
「ふっ喉までボタンを留めると、洋は本当に禁欲的な姿になるな。すぐにまた脱がしたくなるな」
「おい! もう遅刻するだろう」
「洋おいで」
突然ふわっと丈の胸に抱きしめられたので驚いて見上げると、嬉しそうに笑っていた。
「丈は、昨日から随分機嫌いいな」
「洋は……さっき泣いていただろう?」
「あっ見てたの?」
「あぁいい顔だった」
「うん、嬉しくてついね。俺さ……五年前までは嬉しくて涙が出るなんてこと知らなかったよ。特に七夕の結婚式を終え、ここで落ち着いて暮らすようになってから涙脆くなってしまったみたいだ」
「いいんだよ……それで。そんな洋を見ると幸せが込み上げてくる」
丈が優しく髪を手櫛で梳いてくれる。
気持が良くて、落ち着く。
「丈……」
「嬉しい涙ならいくらでも……洋がそんな涙を流せてくれるようになって本当によかった」
「うん……丈のお陰だ。あと翠さんと流さんのお陰でもあるよ」
丈は更に機嫌良さそうに微笑んだ。
「あぁそうだな。兄さんたちにも私は感謝しているよ。翠兄さんは本当に慈悲深く優しい人だ。流兄さんは行動力と決断力を持っている頼れる人だ。私も二人の弟に生まれて良かったと思っているよ。洋のことも大事にしてくれるしな」
丈はいつになく……しみじみと言葉をつなげていった。
「珍しいね。丈がそんな風にお兄さんたちのことを話すなんて。ソウルにいるときは兄弟の存在も実家がお寺だってことも、何一つ言わなかったのに」
「そうだな」
「あ……違う。言わなかったんじゃなくて、俺が聞かなかったんだ」
本当にそうだ。自分のことに精一杯で……ごめん。
「洋……いいんだよ。あの頃のお前はそれどころじゃなかったろう。傷ついた躰と心を立て直すので精一杯だったはずだ」
「ありがとう。でも、これからは沢山教えてくれ」
「あぁそうだな。じゃあ、聞いてくれ」
こうやって俺たちは、また一つステップアップする。
「しかし洋のその恰好は煽っているとしか思えない」
「え? あっ、もうどけよ」
そうだった。バスローブの中はまだ裸で、下着も付けていなかった。
つまり……俺は上半身にシャツを着ているだけの姿で、下半身は剥き出しというとんでもない姿だ!
丈の手が俺のヒップに降りて来そうだったので、慌ててしまった。
置きっぱなしの洋服を着ようと、ベッドへと向かった。
「あっ洋、まて、念のためブラインドを下ろそう。誰かに見られたら困るぞ」
「え? 大丈夫だよ。竹藪が生い茂っているし、月影寺の庭でこんな奥深くまで入ってこれるのは、流さん位だよ」
「それが一番まずい」
「ははっ。大丈夫だよ。流さんは俺の裸になんて興味ないよ。流さんは……」
まずい、口が滑るところだった。
流さんはもしかして翠さんが好きなのか。
そして翠さんも流さんを?
俺はそれがすごく自然だと思うが、丈はどう思うだろう?
仮にも血を分けた兄弟同士になるのだし、憶測で囃し立てるようなことではない。
「どうした?」
「いや、丈も早く用意しないと。俺も着替えるから」
「名残惜しいが流石に行かないとな。支度してくる」
丈は自分のデスクに行って、鞄に手帳やスマホを詰め出かける準備をしだしたので、俺も急いで洋服をきちんと身につけ、洗面所で髪と梳かし、歯磨きをして身だしなみを整えた。
「洋、行ってきます」
「丈、いってらっしゃい」
玄関で俺は丈を見送る。
軽いフレンチ・キスが交わした。
丈を見上げれば、その背中で朝陽が弾けていた。
ただいまとお帰り。
行ってきますといってらっしゃい。
言葉は繋がっている。
俺と丈の言葉が交わされることの大切さを実感する。
この先の人生、こんな当たり前だけど愛おしい……家族になったからこそ交わされる言葉を紡いでいけたらいい。
そんな風にしみじみと思える朝だった。
「これからもよろしくな、丈」
出かけて行く丈の背中を、温かい眼差しでいつまでも見送った。
あの花が咲く音が聴こえそうな日と同じく、とても満ち足りた朝だった。
「ただいまとお帰り」了
あとがき (不要な方はスルーでご対応ください)
****
志生帆 海です。こんにちは!
10章に入り、再び洋と丈の話も多くなっています。今までもう一人の主人公、丈さんをないがしろにしてしまった部分もありまして……少し彼の人となりを掘り下げたくもなってきました。これって、需要あるのかしら?
もちろん翠さん流さんの恋愛の方も。こちらはこの先夕凪の話と深く今後関わってきます。
是非ご一緒に楽しんでください。あちらは今超絶切ない展開ですが……
あとニューフェイスの薙くんも!彼については実は20歳以降の構想だけはあるという状態でして、がんばります!
そんなかんなで800話超えても、まだ流れるように物語は続いていくようです。
読んでくださる方がいらっしゃるから明日も書いて行こうと思えます。
「あっもうそんな時間?」
丈に話しかけられて、はっと我に返った。
手紙に夢中で、まだ着替えてもいなかった。
「おいで、着せてあげよう」
丈が俺のバスローブをほどき、シャツを羽織らせてくれる。ボタンを上から一つずつ丁寧に止めてくれる。
「ふっ喉までボタンを留めると、洋は本当に禁欲的な姿になるな。すぐにまた脱がしたくなるな」
「おい! もう遅刻するだろう」
「洋おいで」
突然ふわっと丈の胸に抱きしめられたので驚いて見上げると、嬉しそうに笑っていた。
「丈は、昨日から随分機嫌いいな」
「洋は……さっき泣いていただろう?」
「あっ見てたの?」
「あぁいい顔だった」
「うん、嬉しくてついね。俺さ……五年前までは嬉しくて涙が出るなんてこと知らなかったよ。特に七夕の結婚式を終え、ここで落ち着いて暮らすようになってから涙脆くなってしまったみたいだ」
「いいんだよ……それで。そんな洋を見ると幸せが込み上げてくる」
丈が優しく髪を手櫛で梳いてくれる。
気持が良くて、落ち着く。
「丈……」
「嬉しい涙ならいくらでも……洋がそんな涙を流せてくれるようになって本当によかった」
「うん……丈のお陰だ。あと翠さんと流さんのお陰でもあるよ」
丈は更に機嫌良さそうに微笑んだ。
「あぁそうだな。兄さんたちにも私は感謝しているよ。翠兄さんは本当に慈悲深く優しい人だ。流兄さんは行動力と決断力を持っている頼れる人だ。私も二人の弟に生まれて良かったと思っているよ。洋のことも大事にしてくれるしな」
丈はいつになく……しみじみと言葉をつなげていった。
「珍しいね。丈がそんな風にお兄さんたちのことを話すなんて。ソウルにいるときは兄弟の存在も実家がお寺だってことも、何一つ言わなかったのに」
「そうだな」
「あ……違う。言わなかったんじゃなくて、俺が聞かなかったんだ」
本当にそうだ。自分のことに精一杯で……ごめん。
「洋……いいんだよ。あの頃のお前はそれどころじゃなかったろう。傷ついた躰と心を立て直すので精一杯だったはずだ」
「ありがとう。でも、これからは沢山教えてくれ」
「あぁそうだな。じゃあ、聞いてくれ」
こうやって俺たちは、また一つステップアップする。
「しかし洋のその恰好は煽っているとしか思えない」
「え? あっ、もうどけよ」
そうだった。バスローブの中はまだ裸で、下着も付けていなかった。
つまり……俺は上半身にシャツを着ているだけの姿で、下半身は剥き出しというとんでもない姿だ!
丈の手が俺のヒップに降りて来そうだったので、慌ててしまった。
置きっぱなしの洋服を着ようと、ベッドへと向かった。
「あっ洋、まて、念のためブラインドを下ろそう。誰かに見られたら困るぞ」
「え? 大丈夫だよ。竹藪が生い茂っているし、月影寺の庭でこんな奥深くまで入ってこれるのは、流さん位だよ」
「それが一番まずい」
「ははっ。大丈夫だよ。流さんは俺の裸になんて興味ないよ。流さんは……」
まずい、口が滑るところだった。
流さんはもしかして翠さんが好きなのか。
そして翠さんも流さんを?
俺はそれがすごく自然だと思うが、丈はどう思うだろう?
仮にも血を分けた兄弟同士になるのだし、憶測で囃し立てるようなことではない。
「どうした?」
「いや、丈も早く用意しないと。俺も着替えるから」
「名残惜しいが流石に行かないとな。支度してくる」
丈は自分のデスクに行って、鞄に手帳やスマホを詰め出かける準備をしだしたので、俺も急いで洋服をきちんと身につけ、洗面所で髪と梳かし、歯磨きをして身だしなみを整えた。
「洋、行ってきます」
「丈、いってらっしゃい」
玄関で俺は丈を見送る。
軽いフレンチ・キスが交わした。
丈を見上げれば、その背中で朝陽が弾けていた。
ただいまとお帰り。
行ってきますといってらっしゃい。
言葉は繋がっている。
俺と丈の言葉が交わされることの大切さを実感する。
この先の人生、こんな当たり前だけど愛おしい……家族になったからこそ交わされる言葉を紡いでいけたらいい。
そんな風にしみじみと思える朝だった。
「これからもよろしくな、丈」
出かけて行く丈の背中を、温かい眼差しでいつまでも見送った。
あの花が咲く音が聴こえそうな日と同じく、とても満ち足りた朝だった。
「ただいまとお帰り」了
あとがき (不要な方はスルーでご対応ください)
****
志生帆 海です。こんにちは!
10章に入り、再び洋と丈の話も多くなっています。今までもう一人の主人公、丈さんをないがしろにしてしまった部分もありまして……少し彼の人となりを掘り下げたくもなってきました。これって、需要あるのかしら?
もちろん翠さん流さんの恋愛の方も。こちらはこの先夕凪の話と深く今後関わってきます。
是非ご一緒に楽しんでください。あちらは今超絶切ない展開ですが……
あとニューフェイスの薙くんも!彼については実は20歳以降の構想だけはあるという状態でして、がんばります!
そんなかんなで800話超えても、まだ流れるように物語は続いていくようです。
読んでくださる方がいらっしゃるから明日も書いて行こうと思えます。
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