重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

ただいまとお帰り 12

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「洋、ほら着替え」

「ありがとう、早かったね」

「あぁ翠兄さんが持って来てくれたからな」

「え?翠さんがわざわざ……あっ俺、昨日洗濯物そのまま放置して、何も手伝わなかったな」

 すっかり失念していた。

 飛び出すように丈の病院へ駆け出して、貧血を起こしたこともあり夕方までそのまま休んで、丈と一緒に帰宅したら、もう18時を過ぎていた。

 昨日はここに泊まって母屋に戻らず、何も手伝えなかったことに今更ながら気が付いて
焦った。

 本当に何もかも中途半端だった。いつも俺が洗濯物を取り入れて畳むのを買って出ていたのに。

 不器用で料理が駄目な俺でも、唯一出来ることなのに。しょげかえっていたのが丈にばれたようで、髪をくしゃっと撫でられた。

「洋、たまにはいいんだよ。そうしょげるな」

「でも、唯一役立つことなのに」

「洋は家政婦じゃないだろう。この家の兄弟でもあるんだよ。だから助け合えばいい」

「うん……」

 丈の言葉の一つ一つが有難く、心に響くよ。着替え用とベッドの上に渡された紙袋の中身を広げると、メモが入っていた。

「ん?」

 拾い上げると、それは翠さんからだった。


……

洋くん

おはよう。着替えを入れておきます。
これからは君たちの家で過ごす時間を、優先させて欲しい。
洋くんにとって、離れの家は大事なものになっていくだろう。
それから丈のことをよろしく頼みます。

弟は本当に変わったよ。
君と出逢って、生き生きしている。

僕はそれを見るのが一番嬉しい。

君たちと僕たち、同じ月影寺で暮らす兄弟だよ。

この先もずっと。
だから安心して、君たちの時間をまずは優先させて欲しい。

君の兄 翠より
……

 なんと的確な励ましなんだろう。

 手紙の内容は俺の抱えている不安を見事に拭ってくれるものだった。

 離れをメインに過ごすと、せっかく打ち解けてきた翠さんや流さんと疎遠になっていってしまうのではと、実は気がかりだった。

 そんなことないんだ。
 俺はもっと大きな兄弟の愛で包んでもらえている。

 そう思える優しい手紙だ。

 あ……駄目だ。涙腺がまた。
 俺は本当に涙脆くなってしまった。

 母が亡くなってからずっと涙をこらえる人生だった。今はこんなにも自分の感情に素直に泣いたり笑ったり出来るなんて……

 当時はこんな日が再びやってくるなんて思いもしなかった。

****

 洋が着替えると寝室に行ってから、なかなか戻ってこない。食器を洗い終えたので、そっと覗いてみる。

 すると洋は白い便せんを握りしめ、涙を流していた。

 ドキッとした。

 何故ならその顔は悲し気ではなく、嬉しそうに微笑んでいたから。

 思えば、私はずっと洋の泣き顔ばかり見ていた。

 あの日……テラスハウスに別れを告げに来た時の洋のことを思い出す。

『いつものように花のようにふんわりと笑おうとして、笑えない洋のちぐはぐな笑顔。その笑顔は酷く悲し気な色を帯びていた』

 あんな洋の辛そうな笑顔は、もう二度と見たくない。

 見たいのは、今、目の前の洋の笑顔。

 嬉しさが涙となって溢れてきている姿。







****

おはようございます。志生帆 海です。
いつも読んでくださってありがとうございます。
洋は自分の家を手に入れ、幸せを素直に受け留められるようになってきましたね。
静かな流れので「ただいまとお帰り」の段もあと1話です。

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