799 / 1,657
第2部 10章
ただいまとお帰り 11
しおりを挟む
「丈、もうっ……いい加減にしろよ」
「ん、分かった」
流石にこれ以上戯れる時間はないようだ。丈から解放されたので、腰紐だけを残し淫らにはだけてしまった白いバスローブを急いで直した。
丈に舐められていた乳首はぷっくりと濡れて色づいて、物欲しそうに尖っていた。
とうとう……こんなにも過敏に反応する躰になってしまった。
改めて実感する瞬間だ。
洗面所の鏡には、昨夜の情事の名残が散る躰が映っており、明るい所で見ると、自分の躰なのにとても卑猥な感じがした。
首筋にキスマークを数カ所付けられていた。丈は俺がここが弱いって知っていて、つけるんだよな。
辿って行けば昨日の唇の在処を思い出し、躰に新たな熱が生まれてしまう。
もう自制しないと。
「洋、悪かった」
俺が黙っているので、怒ったと思ったのだろうか。心配そうに不安そうに覗き込まれて、いつもの丈らしくないと苦笑してしまった。
「いいよ。俺も嫌な訳じゃなかった。でも着替えが欲しいから、取って来てくれないか」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
母屋に取りに行く丈の背中を見送りながら、ふたりきりの朝の余韻に浸った。
今までだってソウルで暮らしていた時、似たような生活をしていたが、なんというか……あそこでの日々は仮住まいのようなものだったから、こうやって丈の実家に新居をどっしりと構え、ふたりで朝を迎えるというのは、やはり新鮮な気持ちになるものだ。
散々抱かれた躰が、まだ熱を帯び火照っている。
****
幸せな朝だった。
愛する人と交わり、そのまま眠りにつき、目が覚めてもなお愛しい人が胸の中にいることに、感動すら覚えた。
ソウルでも洋とは似たような日々を送っていたが、安住の地で初めて迎えた朝は格別だ。まぁソウルへのきっかけは逃避行だったしな。向こうでの生活は貴重なものだったが、私が育ったこの月影寺で暮らせる喜びは別物だ。
長い間、洋だけでなく私も旅をしていたような気がする。
旅といえば……翠兄さんと流兄さんの弟として生まれたはずなのに、何故か自分の兄弟という気持ちを持てずにいた昔を思い出す。
離れから母屋への道を歩いていると、向こうから翠兄さんが歩いて来るのが見えた。
袈裟姿の美しい兄の佇まいは、本当にこの寺に相応しい風情を醸し出している。洋の憂いを含んだ月影のような楚々とした美しさとはまた別の澄んだ美しさを、この兄は纏っている。
しっとりと雨に濡れる新緑の若葉のような奥ゆかしさだ。
思い返せば、いつも落ちついて穏かな兄だった。
怒っている姿を、見たことがない気がする。
だがそれは……言い換えれば、何もかも我慢してしまう人だった。
私のこともいつも気遣ってくれたが、それよりも無意識に流兄さんのことを心底心配し、大事に思っていたことを知っている。
あの入り込めない絆は一体何なのか。
そんな兄が近頃とても幸せそうな笑顔を見せることが多くなった。
私はずっとこの美しい兄に何もしてあげることが出来なかったので、今、兄が幸せなら……それが嬉しい。
「あぁ丈、ちょうど良かった」
「翠兄さん、どうしたんです?」
「これ、洋くんの着替え。その……困っていると思って」
「助かります。今取りに行こうと思っていたころで」
「ふぅん……やっぱり流は来なかったんだね」
「?」
「流に届けさせたのに渡さずに戻って来たから。どこを寄り道していたのだかな」
まさか流兄さんにさっきのを見られたのか。
はぁ……きっとそうだな。
あの兄は、宮崎でもいろいろ仕出かしてくれたし油断ならない。
全くどこまでが本気でどこまでが冗談なんだか。
「丈、今、とても幸せそうな顔しているね」
「は?」
今は流兄さんに対して怒っていたつもりだったのに、それでも頬が緩んでいたのか。情けない。
「お前、雰囲気がとても柔らかくなった。昔……この寺で一緒に暮らしていた時とは別人のようだ」
「そうですか」
確かに愛想のないつまらない弟だった自覚は、重々ある。
「丈が幸せになってくれて嬉しい。そしてその相手が洋くんだったことが、もっと嬉しいよ」
しみじみと目を細めて、そう呟く翠兄さん。
翠兄さん自身が今幸せだから、そんなにも優しい言葉を紡ぐのでは……
兄さんを幸せにしてくれている相手が、もしかして近くにいるのか。
特に宮崎旅行から帰ってきた後の兄さんの和らいだ雰囲気が、私にそのような考えを起こさせている。
「ん、分かった」
流石にこれ以上戯れる時間はないようだ。丈から解放されたので、腰紐だけを残し淫らにはだけてしまった白いバスローブを急いで直した。
丈に舐められていた乳首はぷっくりと濡れて色づいて、物欲しそうに尖っていた。
とうとう……こんなにも過敏に反応する躰になってしまった。
改めて実感する瞬間だ。
洗面所の鏡には、昨夜の情事の名残が散る躰が映っており、明るい所で見ると、自分の躰なのにとても卑猥な感じがした。
首筋にキスマークを数カ所付けられていた。丈は俺がここが弱いって知っていて、つけるんだよな。
辿って行けば昨日の唇の在処を思い出し、躰に新たな熱が生まれてしまう。
もう自制しないと。
「洋、悪かった」
俺が黙っているので、怒ったと思ったのだろうか。心配そうに不安そうに覗き込まれて、いつもの丈らしくないと苦笑してしまった。
「いいよ。俺も嫌な訳じゃなかった。でも着替えが欲しいから、取って来てくれないか」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
母屋に取りに行く丈の背中を見送りながら、ふたりきりの朝の余韻に浸った。
今までだってソウルで暮らしていた時、似たような生活をしていたが、なんというか……あそこでの日々は仮住まいのようなものだったから、こうやって丈の実家に新居をどっしりと構え、ふたりで朝を迎えるというのは、やはり新鮮な気持ちになるものだ。
散々抱かれた躰が、まだ熱を帯び火照っている。
****
幸せな朝だった。
愛する人と交わり、そのまま眠りにつき、目が覚めてもなお愛しい人が胸の中にいることに、感動すら覚えた。
ソウルでも洋とは似たような日々を送っていたが、安住の地で初めて迎えた朝は格別だ。まぁソウルへのきっかけは逃避行だったしな。向こうでの生活は貴重なものだったが、私が育ったこの月影寺で暮らせる喜びは別物だ。
長い間、洋だけでなく私も旅をしていたような気がする。
旅といえば……翠兄さんと流兄さんの弟として生まれたはずなのに、何故か自分の兄弟という気持ちを持てずにいた昔を思い出す。
離れから母屋への道を歩いていると、向こうから翠兄さんが歩いて来るのが見えた。
袈裟姿の美しい兄の佇まいは、本当にこの寺に相応しい風情を醸し出している。洋の憂いを含んだ月影のような楚々とした美しさとはまた別の澄んだ美しさを、この兄は纏っている。
しっとりと雨に濡れる新緑の若葉のような奥ゆかしさだ。
思い返せば、いつも落ちついて穏かな兄だった。
怒っている姿を、見たことがない気がする。
だがそれは……言い換えれば、何もかも我慢してしまう人だった。
私のこともいつも気遣ってくれたが、それよりも無意識に流兄さんのことを心底心配し、大事に思っていたことを知っている。
あの入り込めない絆は一体何なのか。
そんな兄が近頃とても幸せそうな笑顔を見せることが多くなった。
私はずっとこの美しい兄に何もしてあげることが出来なかったので、今、兄が幸せなら……それが嬉しい。
「あぁ丈、ちょうど良かった」
「翠兄さん、どうしたんです?」
「これ、洋くんの着替え。その……困っていると思って」
「助かります。今取りに行こうと思っていたころで」
「ふぅん……やっぱり流は来なかったんだね」
「?」
「流に届けさせたのに渡さずに戻って来たから。どこを寄り道していたのだかな」
まさか流兄さんにさっきのを見られたのか。
はぁ……きっとそうだな。
あの兄は、宮崎でもいろいろ仕出かしてくれたし油断ならない。
全くどこまでが本気でどこまでが冗談なんだか。
「丈、今、とても幸せそうな顔しているね」
「は?」
今は流兄さんに対して怒っていたつもりだったのに、それでも頬が緩んでいたのか。情けない。
「お前、雰囲気がとても柔らかくなった。昔……この寺で一緒に暮らしていた時とは別人のようだ」
「そうですか」
確かに愛想のないつまらない弟だった自覚は、重々ある。
「丈が幸せになってくれて嬉しい。そしてその相手が洋くんだったことが、もっと嬉しいよ」
しみじみと目を細めて、そう呟く翠兄さん。
翠兄さん自身が今幸せだから、そんなにも優しい言葉を紡ぐのでは……
兄さんを幸せにしてくれている相手が、もしかして近くにいるのか。
特に宮崎旅行から帰ってきた後の兄さんの和らいだ雰囲気が、私にそのような考えを起こさせている。
10
お気に入りに追加
444
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる