重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
797 / 1,657
第2部 10章

ただいまとお帰り 9

しおりを挟む
「あっそうか」

 風呂から上がりバスタオルで躰を拭きながら、着替えがないことにようやく気が付いた。昨日の肌着をつけるのは流石に憚られて、結局そのまま再びバスローブを羽織った。

「丈、お待たせ」

 キッチンへ行くと、丈が朝食の仕度を手際良くしている最中だった。

「やっぱり丈は器用だよな」
「上がったのか。洋服は?」
「まだ洋服はこっちに移していなかったよ。昨日ここに泊まると思っていなくて……あれ? なんで丈は着替え持っているんだ」
「先に準備しておいた」
「えっいつの間にずるいな。俺はまだバスローブ姿なのに……」
「洋はその方が色っぽいぞ。懐かしいな、そういう姿。今、下着つけているのか」
「馬鹿!ほら焦げるぞ」
「おっと」

 そんなに嬉しそうに笑うなよ。陽だまりの中で。

 俺は未だにまだこの幸せに慣れなくて、ぎこちないっていうのに。

「まぁ後で取って来てやるから、まずは食べよう」
「ん、それ美味しそうだね」

 キッチンカウンターで調理中のサンドイッチを覗き込むと、淹れたてのコーヒーを手渡された。

「運んでおいて」
「OK」

 ソファに座ると、キッチンで料理をする丈の姿が真正面に見えた。

 背が高い丈に合わせたのか、後ろの棚の位置もキッチンカウンターの高さも丁度良いらしく動きがスムーズだ。

「丈は料理や家事が本当に手際いいよな。いつ覚えたんだ?」
「どうした? 急にそんなこと」
「ほら、さっき教えてっていったじゃないか。丈のこと、これからはもっと知りたいと思っている。俺に出会うまで、どんな人生を送ってきたのか知りたい」
「ふっ、洋がそんなこと言うなんてな」
「駄目か」
「ははっ、最近の洋は少し翠兄さんに似て来たよ。流兄さんの気持ちが分かるな。お前に頼まれて嫌と言えるはずないじゃないか」
「そう?」
「少しずつでいいか。ゆっくり話していこう。時間はいくらでもある」
「うん聞かせてくれ」


****

「なぁ流、駄目か」
「翠兄さん……また俺を使うんですか」
「だってきっと困っているよ」
「そのうち自分で取りに来ますよ」
「いや……やっぱり届けてあげた方がいい」
「はいはい、分かりましたよ」

 朝食を食べ終え、学校へ行く薙を見送ってから再び台所に戻ると、兄さんが手に紙袋を持って立っていた。

 どうやら昨日母屋に戻らなかった洋くんの着替えを、洗濯物の中から詰めたらしい。

 まぁ確かに下着の着替えがないのは困るよな。きっと昨夜はあいつらにとって初夜みたいなもんだ。洋くんの当然下着は汚れているだろうしな。

 おっとこんな不埒な妄想をするなんて、下世話だよな。

 しかし俺が急に行ったらお邪魔だろうに。

 洋くん、頼むから……何か身に着けていてくれよ。

 翠はそういうのに鈍感というか、まぁせっかくの翠の心遣いを無駄にするわけにもいかないし……っていうか自分で届ければいいのに!

 まったく意地が悪い。俺が翠の頼みを断れないことを知っての悪行だな。

 それでも、やれやれと言う気持ちだけではない。

 新婚さんの初日を冷やかすような好奇心もあって、離れまで荷物を届けに行くことにした。

 離れへの道すがら、俺も翠と気兼ねなく過ごせる空間が欲しいと思った。

 どんな部屋がいいか想像してみると楽しい作業だ。まずは風呂場は必須だ。檜の香がする風呂なんて翠の清らかな雰囲気と合うだろうな。茶室もあるから、全体的に和風な家になるだろう。

 考えだしたら止まらない。

 愛しい人との住まいを想像するのは、こんなに楽しいものなのか。

 俺は離れの外観に、翠との架空の新居を重ねて仰ぎ見た。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...