重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

ただいまとお帰り 7

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「洋、おはよう」
「ん……」

 窓一杯に朝陽が射し込み、愛しい人の声で目覚めた。

「あ……また俺……寝ちゃった?」

 昨夜の記憶が、途中でプツリと途切れていることに気が付いた。

「あぁ一度でな」

 丈が少し不服そうに、でも余裕の笑みを浮かべている。俺の躰は後処理をしてもらったようですっきりしているが、まだ全裸のままだった。そして丈も同じ状態だ。

 明るい朝日に全身を照らされて、何もかも丸見えなのが恥ずかしい。

 横を向くと、海の色を映したシーツはグシャグシャに乱れていた。それは昨日の情事の深さを物語り、名残り惜しそうに俺の躰に絡みついてくる。

 昨日の俺たちは、深く、深く繋がった。

 この家での初めての夜だったのも手伝って、いつもより乱れてしまったかもしれない。

「そうか……ごめん」
「大丈夫だよ。一度だけだったが濃厚だったし、洋の寝顔をゆっくり見ることが出来たしな」
「丈は相変わらず恥ずかしいことばかり……朝になっても言うんだな」

 もぞもぞとタオルケットの中に、躰を隠すように潜っていくと、丈の手によって、グイっと腰を掴まれた。それによって剥き出しの下腹部がまた密着してしまい、息を呑んだ。

「んっ! おいっ……離せよ。もう起きないと」
「洋の今日の予定は?」
「翻訳の仕事を家でやるよ。でも俺ももう少し働かないと……」
「ふぅん……働きたいのか」
「昨日丈が仕事をしている姿を見て、刺激を受けたっていうのは本音かな。月影寺の中で過ごすのは安心で快適だが……俺ももう少し社会に出た方がいいとも思った」
「……心配だ」
「何が?」
「この美貌がさ」

 丈が眩しそうに目を細めて俺を見つめて来る。

 そんなに見るなよ。ここは明るい。

「バカ、俺ももう20代後半だし、じき30代だよ。いつまでもそんな風に言うなよ。恥ずかしい……」

「ははっ。洋が30代になるなんてな。だがきっとこのままだろう。翠兄さんや流兄さんも、30代だからと老けているわけじゃないだろう」

「まぁね、翠さんは本当に吸い込まれそうに綺麗だよ。あれで父親なんて詐欺だよな」

「そうだな。で、薙がまた兄さんによく似ているから面白いものだ」

「あ……薙くん、俺たちのこと気が付いてしまったかな。離れで二人暮らしなんて普通変だろう?」

「そうだな。気が付くのも時間の問題かもしれない。私は洋とのことを月影寺の中で隠すつもりはないからな。だが、あの子はそんなことを囃し立てるような子じゃないような気がする」

「そうだね……薙くんがすべてを理解してくれなくても、受け入れられなくてもいい、ただ嫌わないで……」

 そこまで言って……言葉が上手く続かなかった。

 人に嫌われるのは怖い。

 負の感情に対して、俺は本当に臆病になっていた。

「大丈夫だよ、洋」

 そんなあやふやな気持ちも、丈はすべて受け止めてくれる。

 こういう時、丈は大人だと思う。

 俺との年の差が七歳近くあることが恨めしくなってしまうよ。

「なぁそう言えば、丈の医学生時代ってどんなだった?」
「どうした? 急に」

 丈が怪訝な表情を浮かべた。

「いや、昨日病院行って、丈はどうやって医師になったんだろうって思ったんだ。俺は本当に何も知らなかったことに気が付いて……そういえば何であの時、会社のメディカルドクターなんてやっていたんだ?」

「ふっ……今日の洋はお喋りだな。だが残念ながら時間切れだ。またこの話は今度しよう」

「言いにくいことでも? 話を逸らすなよ」

「いや、ちゃんと今度ゆっくり話してやるよ。むしろ関心を持ってもらえるのは嬉しいしな。私もちょうど昨日医大時代の先輩と話していろいろ思い出していた所だ。だが今日はその前に洋が汚したシーツを洗濯しないと」

「えっ俺が?」

「可愛かったよ。沢山蜜が溢れて……ほら」

「ばっ馬鹿! そんなの見せるなよ!」

 指さされた部分を見て、赤面してしまった。

 誰のせいで……っていうか、俺だけのじゃないと思う!



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