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第2部 10章
ただいまとお帰り 3
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「じゃあな!薙」
「あぁまた明日」
同じ転校生の岩本 拓人。彼とは気が合いそうだと直感した。
校舎の屋上でなんとなく気まずいところを見られたのに、彼は馬鹿にするでもなく何も聞かなかった。だから、つかず離れずの距離感が心地良かった。
新しい中学までは徒歩で15分程度、大した距離じゃない。それに流さんも同じ中学校出身だと聞いた。遠い昔、流さんも通った道だと思うと、心の奥底がぽっと温かくなるような気がした。
それにしても……年に一度訪れるかどうかだった鎌倉で暮らすことになるなんて、少し前までの俺はこんな生活考えてもいなかった。
拓人と別れて、ひとり黙々と歩き出す。
相変わらず都会の暮らしとは別物の風景に辟易する。
一軒家の並ぶ道。竹林の続く道。畑に誰かの墓。
寂しい場所だと思った。俺が住んでいた東京とは近くて遠い場所だ。
月影寺がやがて見えて来る。
古びた山門から一直線に続きのは、見上げるほどの石段。
一歩一歩階段を上る。
エレベーターなんかじゃなく俺の足で上っていく。鍵を開けても、すぐに部屋に入れない巨大な迷路のような長い廊下を持つ家が待っている。庭も広大で、どこに何があるのか、まださっぱり理解できていない。
「ふぅ、毎日この階段を上るのか……かったるい」
残暑が厳しく、やっと母屋の玄関の前に到着する頃には、額から汗が滴り落ちた。
まだ慣れないな。この家が俺の家だなんて……そう思っていたのに、馴染めない家のはずなのに、換気扇から漂う夕食の匂いにドキッとした。
人が待つ家に帰るのは、いつぶりだろう。
こんないい匂いをさせているものなのか。
自分でも思いがけないことに自然に帰宅を知らせる声を発していた。
「ただいま!」
****
月影寺の離れ。
リフォームしたばかりの俺と丈の家。
丈は俺の家族であって恋人だ。永遠にお互いに父にはならないけれども、永遠に愛を繋ぎあっていく関係だ。
そんな大事な家族と暮らせる家を、俺はとうとう手に入れた。
注がれたワインを口に含む度に、その幸福に酔いしれていた。
俺は丈に手をひかれ、濃紺のシーツが海のように広がるベッドへと移動した。何度も躰を重ねた相手なのに、今日の俺は変だ。躰が熱く動悸が激しい。もしかして……緊張しているのか。
「洋、どうした?」
「丈……俺、なんか今日は変だ」
「酔ったのか」
「……たぶん」
「ふっ酔わせようと思ったからそれでいい」
「何で?」
「乱れて欲しい」
「なっ……」
丈って奴は……時々しれっとした表情でこんな台詞を言い放つのだから、たまに驚いてしまう。だけど俺も嫌じゃない。
新居で迎える初めて夜は、まるであのテラスハウスで丈に抱かれた時のような緊張感に包まれていた。
「洋……君の何度抱いても初々しい所が好きだ」
耳元で甘くそう囁かれては堪らない。
俺は丈に今から抱かれる。
この人生、この世界。
全部俺が自ら望んだことだから悔いはない。
むしろ全てを丈に明け渡せることに喜びすら感じている。
俺たちは、また新しい夜を迎えることになる。
丈と躰を重ねるたびに絆が深まっていく、そんな夜を迎えたい。
「あぁまた明日」
同じ転校生の岩本 拓人。彼とは気が合いそうだと直感した。
校舎の屋上でなんとなく気まずいところを見られたのに、彼は馬鹿にするでもなく何も聞かなかった。だから、つかず離れずの距離感が心地良かった。
新しい中学までは徒歩で15分程度、大した距離じゃない。それに流さんも同じ中学校出身だと聞いた。遠い昔、流さんも通った道だと思うと、心の奥底がぽっと温かくなるような気がした。
それにしても……年に一度訪れるかどうかだった鎌倉で暮らすことになるなんて、少し前までの俺はこんな生活考えてもいなかった。
拓人と別れて、ひとり黙々と歩き出す。
相変わらず都会の暮らしとは別物の風景に辟易する。
一軒家の並ぶ道。竹林の続く道。畑に誰かの墓。
寂しい場所だと思った。俺が住んでいた東京とは近くて遠い場所だ。
月影寺がやがて見えて来る。
古びた山門から一直線に続きのは、見上げるほどの石段。
一歩一歩階段を上る。
エレベーターなんかじゃなく俺の足で上っていく。鍵を開けても、すぐに部屋に入れない巨大な迷路のような長い廊下を持つ家が待っている。庭も広大で、どこに何があるのか、まださっぱり理解できていない。
「ふぅ、毎日この階段を上るのか……かったるい」
残暑が厳しく、やっと母屋の玄関の前に到着する頃には、額から汗が滴り落ちた。
まだ慣れないな。この家が俺の家だなんて……そう思っていたのに、馴染めない家のはずなのに、換気扇から漂う夕食の匂いにドキッとした。
人が待つ家に帰るのは、いつぶりだろう。
こんないい匂いをさせているものなのか。
自分でも思いがけないことに自然に帰宅を知らせる声を発していた。
「ただいま!」
****
月影寺の離れ。
リフォームしたばかりの俺と丈の家。
丈は俺の家族であって恋人だ。永遠にお互いに父にはならないけれども、永遠に愛を繋ぎあっていく関係だ。
そんな大事な家族と暮らせる家を、俺はとうとう手に入れた。
注がれたワインを口に含む度に、その幸福に酔いしれていた。
俺は丈に手をひかれ、濃紺のシーツが海のように広がるベッドへと移動した。何度も躰を重ねた相手なのに、今日の俺は変だ。躰が熱く動悸が激しい。もしかして……緊張しているのか。
「洋、どうした?」
「丈……俺、なんか今日は変だ」
「酔ったのか」
「……たぶん」
「ふっ酔わせようと思ったからそれでいい」
「何で?」
「乱れて欲しい」
「なっ……」
丈って奴は……時々しれっとした表情でこんな台詞を言い放つのだから、たまに驚いてしまう。だけど俺も嫌じゃない。
新居で迎える初めて夜は、まるであのテラスハウスで丈に抱かれた時のような緊張感に包まれていた。
「洋……君の何度抱いても初々しい所が好きだ」
耳元で甘くそう囁かれては堪らない。
俺は丈に今から抱かれる。
この人生、この世界。
全部俺が自ら望んだことだから悔いはない。
むしろ全てを丈に明け渡せることに喜びすら感じている。
俺たちは、また新しい夜を迎えることになる。
丈と躰を重ねるたびに絆が深まっていく、そんな夜を迎えたい。
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