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第2部 10章
ただいまとお帰り 2
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洋の目はトロンと気怠げになり、頬は朱色に染まり、私は強烈な色香にあてられていた。
濃厚な赤ワインが程よく酔いを進めているようで、ソファに腰かけている洋の頭が、ふらりと私の肩に寄り添って来た。
「これ……濃厚で美味しいね。もう一杯飲みたい」
空のグラスを私に差し出したので、洋の手からグラスを奪い取って、テーブルに置いた。
「もうやめておけ。それ以上飲むと眠ってしまうだろう」
「えっ酷いな。寝たりなんてしないよ」
不服そうに見つめる悪戯な黒曜石のような潤った瞳。赤ワインで濡れた赤みを帯びた形のよい引き締まった口元。少し伸びた前髪が綺麗な額を隠している。
「おいで」
洋を抱き寄せ前髪を掻き分け綺麗な形の額に口づけすると、二人が使っているシトラス系のシャンプーの香りがふわっと浮き立った。
本当はゆっくり風呂に入りたかったが、お互い現実問題として腹が空いていたのもあり、食事の前には簡単にシャワーで済ませた。早速シャワーブースが役に立ったわけだ。
二人共もうラフな部屋着姿で、洋もTシャツにスウェットパンツ姿なので簡単に脱がせられるだろう。
それにしても……流兄さんが用意してくれていた赤ワインとビーフシチューのディナーはとても美味しかった。お陰で新居でとてもリラックスしたひと時を過ごすことが出来た。そして今……ほろ酔いにさせてデザートにするという目論見通り、洋は酔って乱れていた。
「そろそろデザートの時間だ」
「ん……そう?」
洋も素直にその意図を汲み、私の背に手を回し、自分から口づけを深めて来た。
相変わらず細い腰だ。
手足は長くモデルのような体形だ。
人目を惹き過ぎる……
どんなに隠してもその頭の形すら美しい造形なのだ。
「積極的だな。随分と酔ったな」
「そんなことない」
ワインで酔った洋の顔を改めて覗き込む。禁欲的な美しい顔が艶めいて、相変わらず儚さと切なさを滲ませていた。かつては四六時中抱いていないと消えてしまうのではと不安に襲われた時期もあった。
今は、私の胸の中にいる安心感をしっかりと感じている。
洋の家を用意した。
どこに出かけようと、必ずここに戻って来てくれるという安心感をこの家のお陰で持てるのだ。
何年経っても………何故だろう、
私は泣きたくなるほど……洋のことを愛している。
この先も愛し続けていける自信が、今の私にはある。
辛い別れが積み重なって、今があるから。
「丈……」
「なんだ?」
「もう……ベッドに」
「あぁそうだな。この家での初夜はこれからだ」
碧く深い海のようなシーツの色。
洋とどこまでも進めるように、すべてを浄化する色は碧色。
それは夜空の色とも同じ色だ。
そこに静かに輝く月は君だ。
****
「へぇ流、いい匂いだな」
振り向くと若草色の袈裟を着た翠が立っていた。翠の柔和な雰囲気と良く似合っている。
「あぁ、今日は兄さんの好物のビーフシチューですよ」
「久しぶりだな」
嬉しそうに微笑む翠。寺の住職のくせに、本当はこういう洋食が好きだってこと知っている。
「流の作る料理は何でも美味しいが、ビーフシチューは格別だ。しかしすごい量だね」
「あぁ、今日は丈達は離れで夕食を済ますだろうし、薙が育ちざかりでよく食べるだろうから、いつもの倍作った」
「そうか……丈達はもう一緒に夕食を食べなくなるのかな」
おいおい、そんな寂しそうな顔するなよ。俺がいるんだし、そもそも丈と洋くんにだって二人だけの水入らずの時間が必要だろう。
「たまには一緒に食べるでしょう。それにこれからは薙がいるんだから寂しくないでしょう」
「そうかな……でも僕は……薙に嫌われているのかも」
今度はひどく寂しそうな表情だ。
本当に翠は感情を俺に露わにするようになった。
今までポーカーフェイスだったから、まだ慣れなくてハラハラする。
「翠、心配するな。あの位の年頃は難しい。俺だって中学生の頃酷かったろう」
「うん……そうだね。流も……よく荒れて部屋から飛び出したりしたしな」
翠が思い出し笑いをするのでコイツっと思った。
誰のせいで当時やきもきしていたのか、知っている癖に。
あぁ駄目だ。また抱きしめたくなる。やっと手に入れた翠を縛り付けたい衝動に駆られるほど、翠を束縛したくなってしまう。もしかしてこんな気持ちになるのは、遠い昔離れ離れになったせいなのか。こんな切羽詰まった思いを時折感じては、苦しくなってしまう。
「翠……」
手を伸ばして、その柔らかな髪に触れようとした瞬間、玄関で声がした。
「ただいま!」
それは、薙の声だった。
濃厚な赤ワインが程よく酔いを進めているようで、ソファに腰かけている洋の頭が、ふらりと私の肩に寄り添って来た。
「これ……濃厚で美味しいね。もう一杯飲みたい」
空のグラスを私に差し出したので、洋の手からグラスを奪い取って、テーブルに置いた。
「もうやめておけ。それ以上飲むと眠ってしまうだろう」
「えっ酷いな。寝たりなんてしないよ」
不服そうに見つめる悪戯な黒曜石のような潤った瞳。赤ワインで濡れた赤みを帯びた形のよい引き締まった口元。少し伸びた前髪が綺麗な額を隠している。
「おいで」
洋を抱き寄せ前髪を掻き分け綺麗な形の額に口づけすると、二人が使っているシトラス系のシャンプーの香りがふわっと浮き立った。
本当はゆっくり風呂に入りたかったが、お互い現実問題として腹が空いていたのもあり、食事の前には簡単にシャワーで済ませた。早速シャワーブースが役に立ったわけだ。
二人共もうラフな部屋着姿で、洋もTシャツにスウェットパンツ姿なので簡単に脱がせられるだろう。
それにしても……流兄さんが用意してくれていた赤ワインとビーフシチューのディナーはとても美味しかった。お陰で新居でとてもリラックスしたひと時を過ごすことが出来た。そして今……ほろ酔いにさせてデザートにするという目論見通り、洋は酔って乱れていた。
「そろそろデザートの時間だ」
「ん……そう?」
洋も素直にその意図を汲み、私の背に手を回し、自分から口づけを深めて来た。
相変わらず細い腰だ。
手足は長くモデルのような体形だ。
人目を惹き過ぎる……
どんなに隠してもその頭の形すら美しい造形なのだ。
「積極的だな。随分と酔ったな」
「そんなことない」
ワインで酔った洋の顔を改めて覗き込む。禁欲的な美しい顔が艶めいて、相変わらず儚さと切なさを滲ませていた。かつては四六時中抱いていないと消えてしまうのではと不安に襲われた時期もあった。
今は、私の胸の中にいる安心感をしっかりと感じている。
洋の家を用意した。
どこに出かけようと、必ずここに戻って来てくれるという安心感をこの家のお陰で持てるのだ。
何年経っても………何故だろう、
私は泣きたくなるほど……洋のことを愛している。
この先も愛し続けていける自信が、今の私にはある。
辛い別れが積み重なって、今があるから。
「丈……」
「なんだ?」
「もう……ベッドに」
「あぁそうだな。この家での初夜はこれからだ」
碧く深い海のようなシーツの色。
洋とどこまでも進めるように、すべてを浄化する色は碧色。
それは夜空の色とも同じ色だ。
そこに静かに輝く月は君だ。
****
「へぇ流、いい匂いだな」
振り向くと若草色の袈裟を着た翠が立っていた。翠の柔和な雰囲気と良く似合っている。
「あぁ、今日は兄さんの好物のビーフシチューですよ」
「久しぶりだな」
嬉しそうに微笑む翠。寺の住職のくせに、本当はこういう洋食が好きだってこと知っている。
「流の作る料理は何でも美味しいが、ビーフシチューは格別だ。しかしすごい量だね」
「あぁ、今日は丈達は離れで夕食を済ますだろうし、薙が育ちざかりでよく食べるだろうから、いつもの倍作った」
「そうか……丈達はもう一緒に夕食を食べなくなるのかな」
おいおい、そんな寂しそうな顔するなよ。俺がいるんだし、そもそも丈と洋くんにだって二人だけの水入らずの時間が必要だろう。
「たまには一緒に食べるでしょう。それにこれからは薙がいるんだから寂しくないでしょう」
「そうかな……でも僕は……薙に嫌われているのかも」
今度はひどく寂しそうな表情だ。
本当に翠は感情を俺に露わにするようになった。
今までポーカーフェイスだったから、まだ慣れなくてハラハラする。
「翠、心配するな。あの位の年頃は難しい。俺だって中学生の頃酷かったろう」
「うん……そうだね。流も……よく荒れて部屋から飛び出したりしたしな」
翠が思い出し笑いをするのでコイツっと思った。
誰のせいで当時やきもきしていたのか、知っている癖に。
あぁ駄目だ。また抱きしめたくなる。やっと手に入れた翠を縛り付けたい衝動に駆られるほど、翠を束縛したくなってしまう。もしかしてこんな気持ちになるのは、遠い昔離れ離れになったせいなのか。こんな切羽詰まった思いを時折感じては、苦しくなってしまう。
「翠……」
手を伸ばして、その柔らかな髪に触れようとした瞬間、玄関で声がした。
「ただいま!」
それは、薙の声だった。
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