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第2部 10章
振り向けばそこに… 11
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「洋、洋……」
遠くから俺の名を呼ぶ人がいる。
早く起きないと……
そう思うのに頭がガンガンして、思わず顔をしかめてしまった。
「しょうがないな……あまり時間がないのに」
えっ時間って……? 俺は病院の待合室のソファにいたはずなのに、ここはどこだろう。
「洋、そろそろ目を覚まして」
あっ……この声は丈だ。
そう思うと急にほっとして、躰の力がいい感じに抜けていく。さっきまでの頭痛も収まってきた。いつもどうして……俺は丈の声を聴くだけで、こんなにも穏やかな気持ちになれるのか。
重い瞼を開くと白い布が見えた。焦点を合わせていくと、俺は簡易ベッドに寝かされていて、白衣を着た丈が覗き込んでいるのが分かった。
「丈……」
「んっ気づいたな。どれ?」
いきなりベルトを緩められ着ていたシャツを捲りあげられしまう。すぐに聴診器を胸にあてられたので驚いた。冷たい金属の感触にひやりと躰が竦み上がる。
「わっ……丈っ何?」
「うん?」
丈の方は至って真面目な顔で診察してくるので、俺も動くのはやめて、じっとした。
聴診器は胸を何箇所か確認し、それから丈の大きな手のひらが俺の腹を擦り、次にリンパ腺を確認するように顎から首筋を辿っていく。
白衣を着ているのだから、変な意図はないはずだ。
でもなんだか……
そう思うのに恥ずかしくなって赤面してしまうよ。
「洋、動かないで、これは診察だ。貧血ばかり起こすから……少し診せて」
「う……ん」
「ふっ……いい子だな」
まるでこれじゃ子供扱いだ。
文句を言おうとすると、丈は余裕の笑みで俺の躰を起こし後ろに回り込んで来た。今度は何の診察だ?
「背中も見せて」
「んっ……こう?」
こんな風に丈に直接診察してもらうのは久しぶりで、なんだか動きがぎこちなくなってしまう。背中にも聴診器をあてられるのかと思ったら、背後から丈の手が回って来て、ぎゅっと抱きしめられた。
「丈っ!」
「洋もう大丈夫そうだな。悪かったよ。何時間待った?」
「あ……いや、俺こそごめん、忙しいのに突然来ちゃって」
そこでやっと、何故自分がここに来たのかを思い出した。
「いや、いいんだ。だが驚いたよ。洋がここまで来てくれるなんて初めてだったから」
「内覧会が無事終わって……それがあまりに素晴らしい出来栄えだったから、無性に丈に会いたくなって。早く会ってお礼を言いたくなってしまって……それで来た」
「そうか嬉しいな。新居は良かったか」
「最高だった! でも……丈が横にいないから寂しくなった」
「随分と可愛いことを言ってくれるな。私も一緒に見たかったよ。今日は定時で帰れるから、帰宅したらそのまま家の説明をしてくれ。そうだ、この部屋で待っていればいいよ。洋のことはライターだって言っておいたし、問題ないだろう」
「俺がライター? 大丈夫か。よく考えないで来てしまったけど、丈に迷惑をかけていないか」
「大丈夫だ。せっかく私を迎えに来てくれたのだから、歓迎させてくれ」
確かに丈はさっきから上機嫌で嬉しそうだ。
ふぅん、知らなかったよ。そんな顔もするのか。
俺は今まで年上の恋人に甘えすぎていたことを感じた。それに今まで月影寺に籠りっきりで、丈がどんな風に働いているの知ろうともしないで、なんだか悪かったとも。
これからはもっと丈のことも知りたいし、知っておきたい。本当の意味で二人で暮らすようになるのだから。
「どうした? 真面目な顔をして」
「んっ……嬉しくて。丈ありがとう。俺に家をくれて……」
「あぁ、あれは洋の家だよ。ちゃんと居場所を作ってやりたかった」
「うん、全部伝わってきた。丈がどんな想いであの部屋をリフォームしてくれたか」
「そうか、分かってくれたか」
そのままお互い自然と唇を重ねた。
温かい。
白衣姿の丈は、仕事中なのに……いいのかな。
それでも俺は丈の口づけが欲しがった。
丈もちゃんとそれを理解してくれて、後頭部を抱き寄せ、口づけを深めてくれる。
「あ……んっ」
丈の方もいつになく官能的な深いキスをくれた。
ここは職場で、丈は医師。
これ以上のキスはお互いの躰に毒だと分かっているのに、やめられない。互いの舌先を絡め合い啄むキスからディープキスまでを、まるで波のように仕掛けられ、眩暈がするほどだ。
途中で丈のスマホのアラームが鳴ったので、ようやく離れることが出来た。
「はぁ……もう時間か」
盛大な溜息をつく年上の恋人が、今日は何故だか可愛く見えてしまった。
「俺の最高の恋人だよ……丈は」
「珍しいな。今日は随分と優しく素直だな。もう一度特別な診察してやろうか」
「え? もしかしてさっきのって……まさか!」
「ははっ、感じるのを必死に我慢している洋が可愛くて、最初はちゃんと診察だったが、余計なこともしたさ」
「丈っお前って奴は、やっぱり!」
お互い笑いあった。
午後の明るい日差しが、そんな俺達をふんわりと包み込んでくれる。
それから丈は昼食を食べていなかった俺のために、急いでインスタントのスープとパンを用意してくれた。
「丈の食事は?」
「もう時間ないな。洋を食べたから大丈夫そうだ。その代り夜はフルコースで頼むよ」
「なっ!」
丈は笑いながら白衣を翻し、午後の診察へと戻っていった。
丈がいない部屋で、俺は幸せの余韻を感じていた。
もう少し横になっていた方がいいと言われたので、そのままベッドに横たわることにした。
「どうやら……夜に備えておいた方が良さそうだな」
幸せなゆりかごのような、そんな甘く愛おしい時間。
恋人の部屋で、仕事が終わるのを待つなんて。
俺の大事な人を待つ。
待ちたい人を、待てることの幸せを噛みしめていた。
毎日暮らすようになって六年近く経った。
それでも枯れることのない想いが溢れ出る。
丈がいてくれて良かった。
俺には丈がいてくれる。
そのことへの感謝の気持ちが、溢れ出る。
あとがき(不要な方はスルー)
****
志生帆 海です。
799話目の更新で、明日『重なる月』が800話を迎えます。(他サイト掲載時)今日はその前夜祭気分で、基本の丈と洋を描き切りました。今後、もっとこの二人の内面も掘り下げていきます。
いつも応援をありがとうございます。
皆さんに支えられています。
遠くから俺の名を呼ぶ人がいる。
早く起きないと……
そう思うのに頭がガンガンして、思わず顔をしかめてしまった。
「しょうがないな……あまり時間がないのに」
えっ時間って……? 俺は病院の待合室のソファにいたはずなのに、ここはどこだろう。
「洋、そろそろ目を覚まして」
あっ……この声は丈だ。
そう思うと急にほっとして、躰の力がいい感じに抜けていく。さっきまでの頭痛も収まってきた。いつもどうして……俺は丈の声を聴くだけで、こんなにも穏やかな気持ちになれるのか。
重い瞼を開くと白い布が見えた。焦点を合わせていくと、俺は簡易ベッドに寝かされていて、白衣を着た丈が覗き込んでいるのが分かった。
「丈……」
「んっ気づいたな。どれ?」
いきなりベルトを緩められ着ていたシャツを捲りあげられしまう。すぐに聴診器を胸にあてられたので驚いた。冷たい金属の感触にひやりと躰が竦み上がる。
「わっ……丈っ何?」
「うん?」
丈の方は至って真面目な顔で診察してくるので、俺も動くのはやめて、じっとした。
聴診器は胸を何箇所か確認し、それから丈の大きな手のひらが俺の腹を擦り、次にリンパ腺を確認するように顎から首筋を辿っていく。
白衣を着ているのだから、変な意図はないはずだ。
でもなんだか……
そう思うのに恥ずかしくなって赤面してしまうよ。
「洋、動かないで、これは診察だ。貧血ばかり起こすから……少し診せて」
「う……ん」
「ふっ……いい子だな」
まるでこれじゃ子供扱いだ。
文句を言おうとすると、丈は余裕の笑みで俺の躰を起こし後ろに回り込んで来た。今度は何の診察だ?
「背中も見せて」
「んっ……こう?」
こんな風に丈に直接診察してもらうのは久しぶりで、なんだか動きがぎこちなくなってしまう。背中にも聴診器をあてられるのかと思ったら、背後から丈の手が回って来て、ぎゅっと抱きしめられた。
「丈っ!」
「洋もう大丈夫そうだな。悪かったよ。何時間待った?」
「あ……いや、俺こそごめん、忙しいのに突然来ちゃって」
そこでやっと、何故自分がここに来たのかを思い出した。
「いや、いいんだ。だが驚いたよ。洋がここまで来てくれるなんて初めてだったから」
「内覧会が無事終わって……それがあまりに素晴らしい出来栄えだったから、無性に丈に会いたくなって。早く会ってお礼を言いたくなってしまって……それで来た」
「そうか嬉しいな。新居は良かったか」
「最高だった! でも……丈が横にいないから寂しくなった」
「随分と可愛いことを言ってくれるな。私も一緒に見たかったよ。今日は定時で帰れるから、帰宅したらそのまま家の説明をしてくれ。そうだ、この部屋で待っていればいいよ。洋のことはライターだって言っておいたし、問題ないだろう」
「俺がライター? 大丈夫か。よく考えないで来てしまったけど、丈に迷惑をかけていないか」
「大丈夫だ。せっかく私を迎えに来てくれたのだから、歓迎させてくれ」
確かに丈はさっきから上機嫌で嬉しそうだ。
ふぅん、知らなかったよ。そんな顔もするのか。
俺は今まで年上の恋人に甘えすぎていたことを感じた。それに今まで月影寺に籠りっきりで、丈がどんな風に働いているの知ろうともしないで、なんだか悪かったとも。
これからはもっと丈のことも知りたいし、知っておきたい。本当の意味で二人で暮らすようになるのだから。
「どうした? 真面目な顔をして」
「んっ……嬉しくて。丈ありがとう。俺に家をくれて……」
「あぁ、あれは洋の家だよ。ちゃんと居場所を作ってやりたかった」
「うん、全部伝わってきた。丈がどんな想いであの部屋をリフォームしてくれたか」
「そうか、分かってくれたか」
そのままお互い自然と唇を重ねた。
温かい。
白衣姿の丈は、仕事中なのに……いいのかな。
それでも俺は丈の口づけが欲しがった。
丈もちゃんとそれを理解してくれて、後頭部を抱き寄せ、口づけを深めてくれる。
「あ……んっ」
丈の方もいつになく官能的な深いキスをくれた。
ここは職場で、丈は医師。
これ以上のキスはお互いの躰に毒だと分かっているのに、やめられない。互いの舌先を絡め合い啄むキスからディープキスまでを、まるで波のように仕掛けられ、眩暈がするほどだ。
途中で丈のスマホのアラームが鳴ったので、ようやく離れることが出来た。
「はぁ……もう時間か」
盛大な溜息をつく年上の恋人が、今日は何故だか可愛く見えてしまった。
「俺の最高の恋人だよ……丈は」
「珍しいな。今日は随分と優しく素直だな。もう一度特別な診察してやろうか」
「え? もしかしてさっきのって……まさか!」
「ははっ、感じるのを必死に我慢している洋が可愛くて、最初はちゃんと診察だったが、余計なこともしたさ」
「丈っお前って奴は、やっぱり!」
お互い笑いあった。
午後の明るい日差しが、そんな俺達をふんわりと包み込んでくれる。
それから丈は昼食を食べていなかった俺のために、急いでインスタントのスープとパンを用意してくれた。
「丈の食事は?」
「もう時間ないな。洋を食べたから大丈夫そうだ。その代り夜はフルコースで頼むよ」
「なっ!」
丈は笑いながら白衣を翻し、午後の診察へと戻っていった。
丈がいない部屋で、俺は幸せの余韻を感じていた。
もう少し横になっていた方がいいと言われたので、そのままベッドに横たわることにした。
「どうやら……夜に備えておいた方が良さそうだな」
幸せなゆりかごのような、そんな甘く愛おしい時間。
恋人の部屋で、仕事が終わるのを待つなんて。
俺の大事な人を待つ。
待ちたい人を、待てることの幸せを噛みしめていた。
毎日暮らすようになって六年近く経った。
それでも枯れることのない想いが溢れ出る。
丈がいてくれて良かった。
俺には丈がいてくれる。
そのことへの感謝の気持ちが、溢れ出る。
あとがき(不要な方はスルー)
****
志生帆 海です。
799話目の更新で、明日『重なる月』が800話を迎えます。(他サイト掲載時)今日はその前夜祭気分で、基本の丈と洋を描き切りました。今後、もっとこの二人の内面も掘り下げていきます。
いつも応援をありがとうございます。
皆さんに支えられています。
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