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第2部 10章
振り向けばそこに… 9
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「ふぅ、手間取ったな」
「張矢先生お疲れ様でした。外来の患者さんが、そのまま緊急オペになるとは急でしたね」
「あぁそうだな。ふぅ……そうだ午前の患者さんは全員診たよな?」
看護師が思い出したような表情を浮かべた。
「あっそうえいば……あと一人いらしたような」
「ん? 聞いてないぞ。カルテもないし」
「そうですよね。でも先生の診察室の前でずっと待っているようだったので」
「製薬会社の人か」
「違うと思います。だって……」
「だって何だ? はっきり言って」
「あっ、その……とても綺麗な人で」
「女性?」
何を出すのかと思ったら……
「違うんです。男性なのに、なんというかその見惚れちゃう程、美しい人で、私たち……実はさっきから気になっていて」
その時点で洋だと思った。だが今すぐ駆け付けたい衝動は必死に堪えた。
洋の美貌は人を惹きつけてやまない。それは悪い意味でも目立ちすぎてしまう。
私の軽はずみな行動は、洋を傷つけるだけ。
いつもは月影寺に身を隠すようにして生きている洋が、わざわざここまで来てくれたのが嬉しくて、平静を必死に装うが、身体の奥底から湧き上がる喜びを感じていた。
「その人はまだいるのか」
「まだ待合室のソファにいましたよ」
「そう、じゃあ呼んで来て。おそらくライターの人だろう。そういうアポがあった」
「なるほど取材ですね。分かりました。では先生のお部屋に通しましょうか。午前の診察は終わりましたし、今から一時間ほど時間が空いています」
「うん、そうしてくれ」
ここで会うよりも、私の個室の方がいいと思った。
なので私は先に移動しよう。
あそこでなら……心置きなく君に触れられるから。
****
時計を見たらもう13時過ぎだ。結局俺は待合室のソファで2時間近く待ってしまったのか。
きっと緊急のオペでも入って忙しいのだろう。診察室の『張矢 丈』というプレートを見つめ今日はもう帰ろうと決意した時、看護師さんに呼び止められた。
「あの、ライターの方ですか。張矢先生の取材の」
「え?」
一瞬意味が分からなかったが、すぐに理解出来た。
俺は丈に会いたい一心でここに来てしまったが、よく考えたら軽率だった。
丈と俺の仲が、病院に知れ渡るようなことがあってはならない。そういうことはもう充分すぎるほど分かっている癖に、俺は何故学ばない。
「あっはい」
「先生のお部屋で取材を受けるそうです。どうぞ案内しますので、こちらに」
丈が俺を呼んでくれている。
そう思ったら急に気が抜けてしまったのか、看護師さんに付いて行こうとした途端、立ち眩みがした。
まずい──
いつもの貧血がまた、こんなところで。
「うっ……」
「えっ? どうされましたか。しっかりされてください」
こんなところで貧血なんて……悪目立ちしてしまう!
それは分かっているのに、視界は暗く身体はどんどん冷たくだるくなっていってしまう。必死に壁に手をついて寄り掛かるが、そのまま、ずるずるとしゃがみ込んでしまった。
頭が痛い……
****
「すみません、ちょっといいですか」
無事に鍵を渡し仕事も完了したので帰ろうと思ったら、突然呼び止められてしまったわ。
なんだろう。
さっきから一緒に内覧に立ち会ってくれた丈先生のお兄さんの一人だわ。
顔立ちがよく似ている。
見上げるほどの高身長。濃紺の作務衣姿で伸びた漆黒の髪の毛を後ろで無造作に束ねている。風情のある雰囲気は工房の作家のよう。動物で言えば狼ってところかしら?
「えっと……丈先生のお兄さんの……」
「流です。あの、リフォームとても素敵でした。それで折り入って相談があるのですが」
「なんでしょう?」
「あなたは信頼出来そうですね。弟の丈と洋くんのことを深く理解しているようだ。あの丈が信頼しているから、こんなにも素晴らしい家が完成したと思っています」
「ありがとうございます。あの……?」
何が言いたいのかしらと、少し怪訝に思った。
丈先生の口から洋くんとの深い関係を直に聞いたわけではないの。でもリフォームの内容と丈先生の熱心さ、洋くんを見つめる眼を見ていたら察したのよ。
それを吹聴するような野暮なことは絶対しないし、本当に丈先生と洋くんを見ていたら、もうお似合いすぎて言葉が出ない程よ。
「いや、実はこの寺の茶室も改装して欲しいと思っています。あなたのところにお願いしたいのですが、受けてもらえますか」
この丈先生のお兄さんから、突然舞い込んだ新しい仕事。
さてその真意の程は……それはこれから探してみよう。
もちろん引き受けるわ。
私はそれほどまでに、この月影寺に住む美男たちの虜なのよ。
応援したい、そんな気持ちを駆り立てる人達なの。
「張矢先生お疲れ様でした。外来の患者さんが、そのまま緊急オペになるとは急でしたね」
「あぁそうだな。ふぅ……そうだ午前の患者さんは全員診たよな?」
看護師が思い出したような表情を浮かべた。
「あっそうえいば……あと一人いらしたような」
「ん? 聞いてないぞ。カルテもないし」
「そうですよね。でも先生の診察室の前でずっと待っているようだったので」
「製薬会社の人か」
「違うと思います。だって……」
「だって何だ? はっきり言って」
「あっ、その……とても綺麗な人で」
「女性?」
何を出すのかと思ったら……
「違うんです。男性なのに、なんというかその見惚れちゃう程、美しい人で、私たち……実はさっきから気になっていて」
その時点で洋だと思った。だが今すぐ駆け付けたい衝動は必死に堪えた。
洋の美貌は人を惹きつけてやまない。それは悪い意味でも目立ちすぎてしまう。
私の軽はずみな行動は、洋を傷つけるだけ。
いつもは月影寺に身を隠すようにして生きている洋が、わざわざここまで来てくれたのが嬉しくて、平静を必死に装うが、身体の奥底から湧き上がる喜びを感じていた。
「その人はまだいるのか」
「まだ待合室のソファにいましたよ」
「そう、じゃあ呼んで来て。おそらくライターの人だろう。そういうアポがあった」
「なるほど取材ですね。分かりました。では先生のお部屋に通しましょうか。午前の診察は終わりましたし、今から一時間ほど時間が空いています」
「うん、そうしてくれ」
ここで会うよりも、私の個室の方がいいと思った。
なので私は先に移動しよう。
あそこでなら……心置きなく君に触れられるから。
****
時計を見たらもう13時過ぎだ。結局俺は待合室のソファで2時間近く待ってしまったのか。
きっと緊急のオペでも入って忙しいのだろう。診察室の『張矢 丈』というプレートを見つめ今日はもう帰ろうと決意した時、看護師さんに呼び止められた。
「あの、ライターの方ですか。張矢先生の取材の」
「え?」
一瞬意味が分からなかったが、すぐに理解出来た。
俺は丈に会いたい一心でここに来てしまったが、よく考えたら軽率だった。
丈と俺の仲が、病院に知れ渡るようなことがあってはならない。そういうことはもう充分すぎるほど分かっている癖に、俺は何故学ばない。
「あっはい」
「先生のお部屋で取材を受けるそうです。どうぞ案内しますので、こちらに」
丈が俺を呼んでくれている。
そう思ったら急に気が抜けてしまったのか、看護師さんに付いて行こうとした途端、立ち眩みがした。
まずい──
いつもの貧血がまた、こんなところで。
「うっ……」
「えっ? どうされましたか。しっかりされてください」
こんなところで貧血なんて……悪目立ちしてしまう!
それは分かっているのに、視界は暗く身体はどんどん冷たくだるくなっていってしまう。必死に壁に手をついて寄り掛かるが、そのまま、ずるずるとしゃがみ込んでしまった。
頭が痛い……
****
「すみません、ちょっといいですか」
無事に鍵を渡し仕事も完了したので帰ろうと思ったら、突然呼び止められてしまったわ。
なんだろう。
さっきから一緒に内覧に立ち会ってくれた丈先生のお兄さんの一人だわ。
顔立ちがよく似ている。
見上げるほどの高身長。濃紺の作務衣姿で伸びた漆黒の髪の毛を後ろで無造作に束ねている。風情のある雰囲気は工房の作家のよう。動物で言えば狼ってところかしら?
「えっと……丈先生のお兄さんの……」
「流です。あの、リフォームとても素敵でした。それで折り入って相談があるのですが」
「なんでしょう?」
「あなたは信頼出来そうですね。弟の丈と洋くんのことを深く理解しているようだ。あの丈が信頼しているから、こんなにも素晴らしい家が完成したと思っています」
「ありがとうございます。あの……?」
何が言いたいのかしらと、少し怪訝に思った。
丈先生の口から洋くんとの深い関係を直に聞いたわけではないの。でもリフォームの内容と丈先生の熱心さ、洋くんを見つめる眼を見ていたら察したのよ。
それを吹聴するような野暮なことは絶対しないし、本当に丈先生と洋くんを見ていたら、もうお似合いすぎて言葉が出ない程よ。
「いや、実はこの寺の茶室も改装して欲しいと思っています。あなたのところにお願いしたいのですが、受けてもらえますか」
この丈先生のお兄さんから、突然舞い込んだ新しい仕事。
さてその真意の程は……それはこれから探してみよう。
もちろん引き受けるわ。
私はそれほどまでに、この月影寺に住む美男たちの虜なのよ。
応援したい、そんな気持ちを駆り立てる人達なの。
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