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第2部 10章
振り向けばそこに… 4
しおりを挟む「森くーん」
休み時間になると一斉に机の周りにクラスメイトが集まって来た。これがよくあるテレビドラマのような転校生の初日のシーンって奴か。
「ねぇねぇどこに住んでいるの?」
「ねぇどこから越してきたの?」
「ねぇ背はどのくらい?」
「ねぇ兄弟はいるの?」
「ねぇ…」
ねぇから始まる会話に、もううんざりだ。
だんだんイライラして、俺は机をバンっと叩いて教室を出た。そのまま無鉄砲に階段を駆け上がり、屋上への扉を開けると突き刺すような夏の光が届いた。
「まだ暑いなっ、くそ」
じりじりと焼けるような屋上のフェンスにもたれコンクリートに直接座り、足を投げ出した。
残暑の中にも少しづつ秋の気配が漂う高い空を仰ぎ見れば、フランスへ行ってしまった母のことを思い出してしまった。
着いたとの連絡も寄こさないで、今頃何してるのか。
母は自分に夢中な人だから、俺なんてやっぱりいらなかったのか。そんな風にいつもは決して思わないことを考えてしまい嫌になる。
「くそっ。弱音を吐くなんて」
それにしても残暑の日差しがギラギラとして眩しい。
流れる汗が目に入りチクリと染みた。
はっ……これじゃまるで俺が泣いているみたいだ。
そう思っていると屋上の扉が開く音がした。そして影が近づいてくるのを感じた。
誰だ……?
「泣いているのか」
そんなことを言われて慌てて飛び起きると、さっきのあいつが立っていた。
「……泣いてなんかない」
「そう?俺は泣きたい気分だ」
へっ?なんだか不思議なことを言う奴だ。
「お前、森 薙だったよな。薙って呼んでいいか」
「いいよ。じゃあ俺は拓人って呼ぶよ」
「あぁ、転校生同士仲良くやろうぜ。女子の構ってちゃんが鬱陶しくて逃げて来た」
「あーお前も?」
「苦手だ」
苦笑するその笑顔。
こいつは悪い奴じゃないのかも。
そんな判断を偉そうに俺は下していた。
****
「まずは玄関入ってすぐが書斎よ。左が洋くんで右が丈先生の机。二人の間には本棚を設置したけれども、お互いの手元が見えるようにしてあるの」
イメージ図作成 honolulu様
@honolulu5565
なるほど、俺も丈も本を読むのが好きだから、助かるな。それに机の背後にも天井まで届きそうな本棚が設置されていた。
完全に区切っているわけでなく、手元が見える距離がいいな。適度なプライベート感、適度な距離。そんな気遣いに嬉しくなる。
「ふふ。お気に召されましたか?丈先生は、洋くんの姿が見えないと不安になるのかしらね。完全に塞がないでくれと強くご要望があって」
「え……」
それは俺の方だよ。確かに丈は病院の仕事を家に持ち帰って、俺に背を向けてPCをすることも多かった。その後姿にテラスハウスでのすれ違った日々を思い出し、少し寂しかった。でもこれならすぐ横にいられるし、邪魔にならないよな。
あの長い指先を見続けられるのが嬉しい。
あの指先で……
あー俺……なんか変だ。
丈のことに関しては、いつもこんな妄想するようになって恥ずかしい。
「ふふっもしかして丈先生のことを考えているのかしら。そうだわ、洋くんは丈先生の働いている姿を見たことがありますか」
「いいえ、そういえば……そう言う機会がなくて」
「まぁ勿体ない。先生の外科医としての腕前はすごい評判で……女性からも人気が、あっ余計なことよね。でも先生はご自分で結婚しているからといって、患者さんからのバレンタインのチョコレートも丁寧に断っていたわ。すごい愛よね!私の義理チョコも無残だったわ」
「そっそうなんですか」
そう言われて恥ずかしくなる。
そういえば丈が外でどんな姿で働いているか、どんな評価をされているかについて……俺は無関心過ぎた。
そう思うと、急に丈の職場を見たい気分が高まってしまった。
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