重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

振り向けばそこに… 2

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「洋、今日は業者の人たちによろしくな」
「……やっぱり一緒には、立ち会えないのか」
「あぁそんな顔するな。夜には戻ってくるから一緒に見よう」

 今日は、新居の内覧会の日だ。

 私と洋が住む離れを大々的にリフォームしたので、工期は二カ月以上に及んでしまった。

「でも一番初めは、丈と一緒に見たかったな」

 珍しくそんな可愛いことを。

 少しだけ寂しそうな表情をする洋を引き寄せ、胸の中でしっかり抱きしめてやる。

「夜になったら二人だけで見よう。今宵は月が綺麗に見えるそうだ」
「んっ」

 気を取り直し優しく微笑み返してくれる洋の細い顎を掴み、口唇を重ねる。

「あっ……」

 本当にこの日が待ち遠しかった。

 この月影寺に住むようになってから穏かな日常ではあったが、私にとっては実家で気兼ねない空間でも、洋にはどこか間借りしているような気持ちがあるような気がしていた。

 少しだけ余所余所しい表情を見せる洋に、すぐに気が付いた。だからこそ、そんな洋に早く自分の家というものを与えてやりたかった。

 小学生の頃から自分の家でも……きっと肩身が狭い思いをしてきただろう洋に、心から寛げる、洋のためだけに作られた家を贈りたかった。

 その夢が、今日叶うのだ。

 つい凝りすぎて大幅な予算オーバーではあったが、私の使う予定もなかった貯蓄を洋のために使えるのは嬉しいことだ。

「んっ……丈、もう時間」
「分かっている」

 深い口づけに酔うように、洋が甘い吐息を漏らす。相変わらず艶やかな色香を振りまく洋に、下半身が疼くのは無理もない。

 早くあの家で、あの部屋で、存分に君を抱きたくてたまらなくなるな。

「俺さ……あまり貯金がなくてごめん」
「突然何を?」
「だから資金作りに、あの家をやっぱり売ろうと思って」

 あの家とは……今は空き家になっている洋の生家のことだ。確かにあの家には良き思い出も悪しき思い出も詰まっている。

 それでも両親が既に他界してしまった洋にとって、あの家まで失ったら両親との貴重な思い出が消えてしまうのでは躊躇し、売却を反対してしまった。

「丈、聞いてくれ。俺はもうあの家には戻らない。あの家がなくても生きていける。だからやっぱり売却しよう。少しでもリフォーム代を俺も出したい。今度の家は俺の家でもあるのだから」

 確かに洋がそう言うのも一理あり、私が固執し過ぎているのかもしれない。だが、やはりどうしても残して置いてやりたい気持ちが強いのだ。

「その件はまた話そう。今日はなるべく早く帰るよ」
「うん、待ってる」

 恋人の柔らかな口唇を、今一度味わってから廊下に出る。

 名残り惜しいという、いつもの気持ちを抱いたまま、私は車を運転し大船の病院へと向かう。

 一度仕事モードに入ってしまうと外科医という立場もあり、日中は洋とは容易に連絡が取れないのが辛い。

 もう洋は辛い運命から解き放たれ、この月影寺で守られるように暮らしているのに、何の心配もいらないのに、いつもの悪い癖で不安になってしまう。

 それというのも……洋が昨夜、停電の部屋で意識を失っているのを見てしまったせいだ。

 洋という幸せを丸ごと手に入れたのに、いつまでも不安がって、私も馬鹿だな。


****

「君が転校生の森 薙くんか」

 道は覚えていたので、時間通りに一人でも余裕で中学校へ辿り着けた。ところが何故か職員室に行くと、俺の担任らしき人にじろりと値踏みするように見られた。

「あの? なにか」
「あぁ……親御さんは今日も一緒じゃないのか」
「来ていません」

 本当はついて来たがっていのを置いてきたのは、俺だけど。

 それがなんか文句あるのかという乱暴な気分だった。父さんのことになると、どうしてこうも気持ちが荒ぶるのか。

「やれやれ放任主義だな。昨日来たのは叔父さんか」
「そうですが」
「ふぅん」

 なんだか感じが悪い。流さんが叔父さんじゃ悪いのかよ。流さんのことを悪く言われると、今度はイライラしてくる。

 なんだろう、この感情は!

「まぁいい、あっもう一人転校生がいるんだ。しかも同じクラスだぞ」
「はぁ」

 先生が指さす方向を見ると、俺より背が高い学ランの生徒が廊下に立っていた。




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