重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

特別編『月影寺の名月』

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 本日は突然ですが番外編です。
 月影寺の丈と洋の部屋のリフォームを手がける女性のつぶやきになります。
 第三者から見た丈と洋が新鮮かも!




****

 私は野口律子。

 夫と二人で、鎌倉の丘の上で小さな設計事務所をやっている。

 私の持病で通っていた大船の総合病院で知り合った張矢 丈先生とは、診察時のふとした雑談が縁で、ご自宅のリフォームを頼まれることになったの。

 この不思議なご縁に感謝しないと。

 私は就寝前にいつものように手に馴染む程使い込んだ革の手帳を開き、明日の予定をゆっくりと確認する。

 まぁそういえば明日は、あの月影寺のリフォーム工事が完全に終わり、鍵を引き渡す日なのね。

 あの美しい青年のお城が、とうとう完成するのね。

 初めて打ち合わせをした時から、この工事はきっと素晴らしいものになると確信していた。だってあの美しい青年のお相手の丈先生は、本当に彼を愛してやまないんですもの。

 丈先生と……病院で私の主治医として会った時と、月影寺であの子を愛するただの男性として会った時との差が激しくて、正直最初は驚いてしまったわ。

 でも何回か打ち合わせをした後、庭先で初めて洋くんに会った時の衝撃は、私も忘れられない。

 その美しさは想像以上で、思わず呼吸を忘れてしまう程だった。

 この世に、こんなにも美しい人がいるのか信じられない程だった。

 もはや男でも女でもない……月の精霊のような儚くも清らかな光を放っていたわ。

 丈先生が彼のことを、宝物のように大事にしているのが手に取るように分かった。だから洋くんただ一人のためだけの特別なリフォーム計画をじっくりと練っていたのね。

 洋くんを抱くための広くて柔らかいベッドに、海を漂うような藍色のファブリック。

 洋くんが横たわったままでも、ベッドに腰かけた状態でも、月影寺の美しい竹林が見えるように配慮された……低い位置からはめこんだ大きな窓。

 ソファは二人が抱き合って横になれるようにとゆったりとした奥行きのものを用意したわ。

 リビングにはカウンターバーのようなミニキッチンも設置した。

 その向こうには暮れ行く夕日が照明代わりの棚を備え付けて、繊細なうすはりのグラスを飾った。

 月を呑むように……夕日を呑むように二人はグラスを傾けるでしょう。

 冬の寒い日には、冷えた躰を芯から温める薪ストーブが必要だと。喉が弱い洋くんのために、やかんを乗せて蒸気が広がるタイプを選んでいたのも印象的。お医者様でもある丈先生らしい気遣いね。

 二人でゆっくりと躰を重ねて、浸かることが出来るようバスタブの大きさにも拘ったし、焦る躰を清めるためのシャワールームも設置したの。

 なにもかも洋くんを抱くために用意された部屋といっても……過言ではない。

 うーん、あの先生ってば、なかなかやるわぁ。

 一方の洋くんは思ったよりもずっと芯が強く、儚そうな外見とは違って、しっかりと自分の足で立っていた。もしかしたら、以前は儚く消え入りそうな子だったのかもしれない。きっとその時の印象が丈先生には消えないのね。

 あの子もそれが分かっていて、丈先生と二人きりの時は、丈先生の思うままにすべてを委ねているのかも。

 結局どっちが尻にひかれているのかって?

 それは……ふふふ。

 っと、いけないいけない、変な笑いが出てしまった。

「何してる? 早く寝るぞ」

 主人に呼ばれたので、楽しい妄想は今宵はここまで。

 あの美しい子のためだけのお城で、明日は会えるのね。

 私は手帳を閉じて、窓を見た。

 まもなく空気が澄み、十五夜…十三夜と秋の夜空に美しい月が浮かぶけれども、鎌倉の月影寺の名月といえば、洋くんのことになるでしょう。

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