重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
763 / 1,657
第2部 10章

番外編 安志×涼 「乾いた心」8

しおりを挟む
「涼、お疲れ様。明日も早朝から撮影だから早く寝るように。今日のように目の下にクマを作ったら怒るからな」

「はい、すみませんでした。もう今日は朝から晩まで撮影でへロヘロだから、大人しく寝ます」

「じゃあ、明日は朝六時に出発な」

「分かりました、おやすみなさい」

 マネージャーに送ってもらい、ひとり暮らしのマンションの真っ暗な部屋に入ると、寂しい気持ちが込み上げて来た。

 カレンダーをみると、日曜日に桜のマーク。
 あーあ日曜日……駄目になっちゃったな。

 洋兄さんにも会いたかったけれども、久しぶりに安志さんと野外でデート出来るチャンスだったのに。

 随分前からスケジュールを空けて死守していた休みが、こんなにも簡単に覆されるなんてがっかりだよ。

 楽しみにしていたのは僕も安志さんも同じのはずだ。

 お互い日曜日に会えるからと先延ばしにして、この一カ月近くメールや電話のみで会っていないことを激しく後悔した。

 僕たち、こんなんじゃ駄目だ。

 日曜日に会えないと思ったら、どうしようもなく今すぐに会いたくなってしまった。

 僕は机の引き出しをあけて鍵を手に握り締め、危険を承知、無理を承知で……夜道へと駆け出した。

 下手にマスクや帽子などを着用すると目立つものだ。

 幸い安志さんのマンションへの道は街灯も少なく、人通りも少ない。

 普通の大学生として、向かうだけ。

 そう自分に言い聞かせ、撮影の時に必要なオーラを消していく。

 マンションの下から見上げると、電気がついていなかった。

 また残業かな。

 ふと横を見れば満開の桜、枝の隙間から三日月が見えた。

 頼りない月明りなので、花の美しさを享受しきれないのが、残念だ。

 街灯があれば輝けたのか……いやこれでいいのかもしれない。

 自然の美しさを照らすものは、自然の光がいい。たとえ世間には見えなくても、この桜は一際美しく輝いている。

 誰にも邪魔できない月と桜の関係だ。

 そんな風に思ったのは、丈さんと洋兄さんのことを思い出したから。
 
 洋兄さんはプロのカメラマンも唸るほどのモデルとしての素質と才能を持っていた。ニューヨークで撮影されたものを見せてもらったが、誰もが息を呑む出来栄えだった。

 僕なんかよりもっと深いところで、凛とした強い光を持つ人なんだ。

 でも沢山の誘いに靡くことなく、北鎌倉の月影寺で丈さんと寄り添うように生きていくことを選んだ。

 あの結婚式……静かな幸せで満ちていたな。

 安志さんがまだ帰っていないことが分かったので、インターホンを押すことなく合鍵で部屋に入った。

 この鍵はクリスマスの日にすれ違ってしまった僕に、安志さんがくれたもの。

 やっと使える日が来たのは嬉しかった。

 主のいない部屋に入るのは躊躇われたが、安志さんの過ごしている空間に入った途端、ほっとした。

 いつ帰って来るのかな。

 メールで連絡しようと思ったけれども、なんだかほっとしたせいか、すごく眠たくなってきた。

 僕は最近……人工的な明りを浴びすぎて、少し疲れているみたい。

 蛍光灯の明りが眩しくて消したいと思いつつ、安志さんのベッドに頭を乗せるような形で眠りについていくのを感じた。

 帰って来るまで少しだけ。

 少しだけ休ませて──





しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

処理中です...