重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

番外編 安志×涼 「乾いた心」7

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「彼はニューヨークに?」

 話を振ってみると、空さんの目が泳ぎだした。

「え? あ……うん、頑張っているよ」
「ちゃんと連絡していますか」
「えっと……」

 明らかに動揺しているようで、その端正で生真面目そうな顔が崩れた。耳まで赤くして、さっきまで凛とした雰囲気で俺に忠告していたのに別人のようだ。

「上手く行っているようですね。よかった」
「鷹野くん、あの……」
「大丈夫ですよ」
「はぁ、君は真っすぐだね。その……察する通りだけど、なんていうかまだ何も起きていないというか」
「休みを利用して会いに行けばいいじゃないですか、彼も来て欲しいと思っているでしょう」
「……うん、でも」
「勇気を出して」

 力を込めていうと、空さんははっとした表情になった。

「ありがとう。実は来週はニューヨークに出張が入ったばかりで、連絡すべきかどうか迷っていた。先日電話で、正月に会いに行くことを約束したのに、結局忙しくてまだ行けていなくて……今回仕事ついでなんて申し訳ないかと思っていたけど、勇気が出たよ。今晩連絡してみるよ」

「ええ、応援しています」

 さっきもらった言葉をそのまま返すと、少し照れたような甘い顔をした。

 陸さんもやるな。こんな真面目で可愛い人を恋人に選ぶなんて。

 この話……洋は知っているのだろうか。

 知ったら、喜んで応援するだろう。


****

 モデル事務所で日曜日のボディガードの件の段取りを詰め、午後は社内で内勤をこなした。そして、そのまま夜は部署移動してきた俺の歓迎会を内輪でしてもらった。

「じゃあ鷹野気を付けて帰れよ! 」
「はい課長もお疲れ様です」

 ひとりになって、どこかほっとした。

 酒臭い息を吐きながら、ついでに溜息も吐いておいた。

 空さんに指摘され外した腕時計の分、心が軽くなるどころか沈んでいた。

 涼に会いたいよ──

 心の中で素直な気持ちを吐露すると、それはずっと我慢したいた涙のように零れ落ちる。 涙を流しているわけでは決してないのに、泣いているような気持になっていた。

 マンションの前までほろ酔い気分で帰って来て、空をぐっと見上げると、桜の木の隙間から三日月が見えた。夜桜と月の艶めいた雰囲気に、躰がぞくっと粟立つ。

 恋人を抱きたいと思うのは自然だろう。

 求めてもいいだろう。

 もうこの一カ月近く充分に我慢した。

 今すぐ涼のもとへ行きたい──

 我慢できない気持ちが込み上げて来ていた。

 ところがマンションの明りをふと見て驚いた。

 電気がついている!

 ……ってことは、まさか!




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