重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

番外編 安志×涼 「乾いた心」4

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「涼くんはサイン会のサプライズだから、誰にも話しちゃ駄目よ」
「そうなの?」
「うん、あのね……涼くん、ちょっとサオリの悩みを聞いてくれる?」
「なに?」

 甘えたような仕草で僕にすり寄って来るサオリちゃんの姿は、ニューヨークで飼っていた子猫みたいだと思った。甘い桜のような香りがすんと鼻を掠める。

「これ、見てくれる?」

 サオリちゃんが人目を忍んで、白い封筒に入った手紙を渡してきた。便箋には機械的な文字で繰り返される文字の羅列。

……
サオリ会いたい、抱きたい。愛してる。
君に触れたい。触らせて…サオリに会いたい、抱きたい。愛してる…
……

「何これストーカー? ちゃんと皆に見せた?」
「うん、マネには相談した。でもまだ手紙一通だし被害届けって言うのもあれだから、でも気持ち悪くて……」
「うん……分かるよ」

 確かにこれは怖い。たった一通でも、こんな手紙もらったら僕だって気持ち悪くなる。

「でも、こんな時にサイン会なんて開いて大丈夫なのか」
「それよ。ちょっと怖いよね。でも仕事だからしょうがないのよ。だから今回は特別にボディガードもつけてもらったの」
「それがいい」

 僕の中の男の部分が目覚めるというか、怯えている女の子を守ってあげたい。そういう本能の芽生えたのを感じた。

「何か困ったことがあったら、いつでも言って」
「涼くんは本当に優しいよね。ねぇ本当に彼女いないの? サオリと付き合わない? サオリは涼くんみたいな綺麗でかっこいい男の子大好き!」
「僕はサオリちゃんには不釣り合いだよ」
「えーなんで、あっ誰か好きな子がいるの?」
「……」
「さては、いるのね!」

 うわっ核心を突かれて、動揺してしまう。

 好きな子じゃなくて付き合っている人がいる。

 大事な人がいる。

 そう大きな声で叫びたくなった。


****

「じゃあ涼くんまたね! 日曜日よろしくね」
「サオリちゃんもくれぐれも気を付けて」
「ありがとう。実はね今からボディガードさんと顔合わせなの。カッコいい人でってお願いしておいたよー」
「ふふっ面食いだね。いい人だといいね」

 早朝を利用した撮影は、無事に四時間程で終わった。

 スクランブル交差点ですれ違うフレッシュなリーマンと大学生の女の子を描いた撮影で、CMにもなるそうだ。

 夏のイメージで薄着だったから、肌寒かったな。

 でも僕の腕の時計を見れば心温まる。これは安志さんとペアで同じ時を刻むものだから。

 安志さんに日曜日に会えなくなったことを伝えるのが、寂しかった。

 僕だって早く会いたい……安志さんと抱き合って朝を迎えたい。

 十歳も年上の安志さんに早く追いつきたくて、モデルの仕事もどんどんこなしている。でもたまに何もかも捨て、ただの大学生に戻り、安志さんとゆったりと時を重ねたいと思ってしまう。

 時計のCMで人気が出て仕事のオファーが絶えないのは有難いことなのに、面が割れてしまい、もう以前のように安志さんと二人で気軽に水族館や遊園地に行けないのが、今の僕にはとても寂しい。

 だから今は日本で頑張って仕事をしている。そしてこの夏にはちゃんと長期のお休みをもらって、安志さんと僕の帰省を兼ねてニューヨークへ遊びにいこうと約束もしている。

 絶対に叶えたい!

 はぁ……でも、まずは安志さんに日曜日が仕事になったことを伝えないとなぁ。

 そう思うと一人残された車の中で溜息が出てしまう。

 がっかりだよ……本当に。

 僕もがっかりだけど、安志さんも同じ気持ちだろう。

 最近僕たちは、すれ違ってばかりだ。




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