重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
745 / 1,657
第2部 10章

引き継ぐということ 25

しおりを挟む
「雨やまないね」

 落雷もひっきりなしで、雨が滝のように降っている。
 
 一体いつ止むのだろう。もう洗濯物も畳み終わり五時を過ぎてしまった。

 縁側のガラス窓に雨が叩きつけていくのを、薙くんとふたりでぼんやりと眺めていた。すると、隣で薙くんのお腹がぐぅ……と鳴ったのが聴こえてしまった。

 あーそうだよな。
 お腹空くよな。
 成長期の男の子だもんな。

「わっどうしよう。もうこんな時間だな」
「なぁ流石にそろそろさ、夕飯作った方がいいんじゃないのか」
「……そうだね」

 困ったな……流さんは確か今日はトンカツを作るって言っていたような。

 揚げ物なんて、俺にはハードル高すぎる。
 こんな時丈がいれば、とつい縋ってしまう。

 俺は昔から不器用だ。

 母が亡くなった後は、ほとんど買って来たもので済ましていた。そして丈と暮らし始めてからは、丈がいつも食事を作ってくれた。テラスハウスで最初に丈から出された野菜スープの味に、実はしみじみと感動していた。

 そんな俺が作れるのは、せいぜいおにぎりくらいだ。

 そう言えば、ソウルで最後に皆に作ってあげたおにぎりのことが懐かしいな。

 Kaiも優也さんも上手くやっているかな。結局優也さんは日本に残り、Kaiはソウルへ戻ったそうだ。遠距離恋愛になったらしいので少し心配だ。

 寂しがり屋の優也さんが耐えられるのか。でもマメなKaiのことだから、ちゃんと絆を深めていくことが出来るのだろう。

 またあの二人に会いたい。そうだ……優也さんは日本に住んでいるのだから連絡をしてみようかな。

「洋さん、何ぼーっとしてんの? 手伝ってやるから台所に行こうぜ。俺さ、マジ腹減った」

「うっ……分かった。手伝ってくれるのなら頑張ってみるよ」

****

 茶室の背の低い門をくぐり中に入った。ここは寺の庭でも一番奥深いところにあるので人気はない。この茶室を洋くんの結婚式で使ったのを思い出すな。
 
 あの日の茶室は洋くんに縁がある人たちの愛で溢れていた。

 まさかここを、こんな用途で使う日が来るなんてな。

 僕たちはもう濡れていた。
 雨のせいだけじゃない。

 心も躰ももっともっと……濡れたくて、しょうがなかった。

 茶室に入るなり、流が僕を抱きしめ、僕も流を抱きしめた。

 久しぶりの抱擁だ。

 しっかり、もっとしっかりと抱きしめて欲しい。

 雨で濡れた着物が重たく畳にシミを作っていく。だがもうそんなことは気にならない程、互いに求め合っていた。

 流が僕の顎を掴んでグイっと上を向かせ、そのまま口づけしてきた。激しく焦るような獰猛な勢いに一瞬怯んだが、薄く唇を開いて流を受け入れた。

 僕も同じ気持ちだと、伝えたい。

「翠、抱いていいか……ここで」

 流の切羽詰まったような声が低く響く。

 僕たちには時間があまりないことは、分かっていた。

 それでも流に触れたかった。

 流も我慢出来ないといった熱い目で、僕を見つめていた。


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...