重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

引き継ぐということ 24

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 縁側に座って白い褌と格闘している薙くんの姿が、なんだか可笑しかった。そうこうしている内に空はすっかり暗くなり雷が轟きだした。ぽつり……またポツリと大粒の雨が渇いた土を濡らす。

「薙くん、雨が降って来たよ。洗濯物を部屋まで運ぶのまで手伝ってくれる?」
「いいよ」

 庭先に置きっぱなしの洗濯籠を和室に運んでもらった。そのまま俺が畳に座りながら洗濯物を畳み出すと、薙くんも無言で手伝ってくれたので驚いた。

「手伝ってくれるの?」
「あぁ、だってさ洋さん不器用そうだもん。ひとりじゃ時間かかるだろ」
「うっ……」

 確かに図星だった。俺は何でこう手際が悪いのか、自分でも嫌になるほど洗濯物一つ畳むのにも時間がかかる。隣で薙くんは器用に綺麗にどんどん畳み上げていくのに。

 窓の外は、あっという間に土砂降りだ。
 雷がピカッと光り雷鳴が駆け巡る。

 俺は昔から何故だか雷だけは怖くなかった。
 いつも雷に助けられたせいか、遠い昔から雷は俺の味方だ。
 何度も助けられたから。

 でも薙くんは違うようで、大きな落雷の度に肩がびくっと震えていた。

「あの……もしかして怖い? 大丈夫? 」
「うるさいな! 怖いはずないだろっ!」

 突っぱねているが表情を見れば分かる。少し頼りなさそうな憂いた顔だ。あぁこんな表情もするのか。本当に君はお父さんに似ているね。

「この土砂降りじゃ、お葬式が終わっても暫く翠さんたち戻って来れないかも」
「えー!じゃあ夕飯はどうするんだよぉ」
「うっ」

 まずいな。流さんがいないと俺……何も出来ないんだった。
 頼みの綱の丈もいないし、どうしよう。

****

「翠、こっちだ」

 寺の山門まで、流に腕を掴まれ引っ張られるように走った。僕たちは傘を持っていなかったので、もうこの時点で全身びしょ濡れだった。

 山門の階段を駆け上がり、そのまま庭を突っ切って寺の母屋に戻るのかと思いきや、流はそこから突然左折した。

「流? なんで……母屋に戻らないのか」
「こっちだ」
「え……そっちには茶室しかないのに。あっ……」

 茶室で雨宿りするつもりなのか。

 あそこは流が僕のために建ててくれた場所。僕が疲れていると、いつも流はあそこに連れて行って御抹茶を点ててくれる。

 深い濃い緑色の水面が揺れ、立ち上る抹茶の香りを嗅ぐ。
 流が僕のために設けてくれる時間。
一服すると疲れが取れて行った。

 降りしきる雨で視界がかなり霞むのに、僕の目には茶室だけは、はっきりと見えていた。

「翠、少し寄り道していこう」
「……そうしよう」


 僕たちには寄り道が必要だ。
 僕たちはお互いに飢えていた。


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