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第2部 10章
引き継ぐということ 20
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「翠……よく来てくれたな」
達哉自ら、僕を出迎えてくれた。
彼に会うのはいつ振りだろう。
鎌倉五山である達哉の寺と僕の寺では格式も規模も違うから、同じ住職といっても、近くで顔を合わせることは滅多になかった。同席しても達哉は遠い所にいつもいた。
達哉もあの事件以来、僕と話すのが気まずいらしく、遠くから懐かしそうに見るだけで、僕には滅多に近寄って来なかった。
……克哉くん、君がしたことは……僕と親友の間にも、こんなに深い亀裂をもたらしたのだ。
今更、僕は何を。もうずいぶん前のことをいつまでも。
それにしても、建海寺の身内の葬式との連絡をもらった時は驚いた。
まさか……そんなことがあるなんて。
「達哉……久しぶりだね」
「あぁ翠、来てくれてありがとう。だが無理してないか。ここに一人で来るなんて」
「大丈夫だ。じき流も来てくれるし、それよりこの度は大変だったな。ご愁傷様でした」
「あぁ……俺も驚いてな」
「……克哉くんは?」
「まだ病院だ。でも命はなんとか取り留めた」
「そうか、奥さんの方が亡くなってしまうなんて、残された子供が可哀想だな」
今日の葬式は、亡くなった克哉くんの奥さんのものだった。何でも先日夜の高速道路で追突事故に巻き込まれてしまったそうだ。
克哉くんも重傷を負い、今はまだ入院中とのことだ。そのことに僕は心の奥底でほっとしているのを感じた。克哉くんがもしいるのなら、この寺にはどんな理由をつけてでも来やしない。
「……実は宮崎で会ったばかりだったんだ」
「えっ誰とだ?」
「克哉くんと奥さん……そしてお子さんたち」
今考えても、奇遇なことだった。
あの丈と洋くんの新婚旅行先で、ずっと会っていなかった克哉くんと再会するなんて。そして克哉くんが僕を見る眼は今も恐ろしかった。
「なんだよ。それ! あいつ……何かまたお前にしなかったか」
「……ないよ。大丈夫だ。家族連れで来ていたし、お子さんもいたしね」
これ以上は達哉には話せないことだ。
洋くんに助けられた大浴場での出来事は話せない。
嬲るような目つき。
躰を辿ったいやらしい指先。
乳首の下のキスマークを見られてしまった。
「そうか……まさかあいつの奥さんが亡くなるなんて、まだ子供も小さいんだ」
「そうだったね。……お気の毒に」
「さぁ、とにかくこっちだ」
「うん……あっ」
「危ないっ、翠は相変わらず危なっかしいな」
動揺を隠せない僕が石段でふらつくと、達哉が俺の背に手をまわして支えてくれた。そのままぐっと押され時、後ろから声がした。
「翠兄さん!」
「あっ流」
「ん? あぁお前翠の弟の……流か」
「どうも達哉さん……お久しぶりです。あとは俺が兄さんを案内しますから、もう大丈夫ですよ」
「あぁわかった。じゃあ翠、来てくれてありがとうな」
「うん、達哉もいろいろ大変だと思うが、頑張れ」
達哉はいい奴だ。温かくて、優しい奴。
中学から大学まで共に過ごした親友だったのに、何度目かの克哉くんの騒動が引き金となり、僕たちの親友としての仲を引き離してしまうことになったのだ。
「おい翠、大丈夫か。俺から離れんなよ」
「……流、お前がいてくれると、ほっとするな」
参列の人がひっきりなしに僕たちの横を通るのが恨めしい。今ここに誰もいなかったら、僕は流の肩口に頭をそっと、のせただろう。
甘えたい。
流に甘えたくて仕方がない。
達哉自ら、僕を出迎えてくれた。
彼に会うのはいつ振りだろう。
鎌倉五山である達哉の寺と僕の寺では格式も規模も違うから、同じ住職といっても、近くで顔を合わせることは滅多になかった。同席しても達哉は遠い所にいつもいた。
達哉もあの事件以来、僕と話すのが気まずいらしく、遠くから懐かしそうに見るだけで、僕には滅多に近寄って来なかった。
……克哉くん、君がしたことは……僕と親友の間にも、こんなに深い亀裂をもたらしたのだ。
今更、僕は何を。もうずいぶん前のことをいつまでも。
それにしても、建海寺の身内の葬式との連絡をもらった時は驚いた。
まさか……そんなことがあるなんて。
「達哉……久しぶりだね」
「あぁ翠、来てくれてありがとう。だが無理してないか。ここに一人で来るなんて」
「大丈夫だ。じき流も来てくれるし、それよりこの度は大変だったな。ご愁傷様でした」
「あぁ……俺も驚いてな」
「……克哉くんは?」
「まだ病院だ。でも命はなんとか取り留めた」
「そうか、奥さんの方が亡くなってしまうなんて、残された子供が可哀想だな」
今日の葬式は、亡くなった克哉くんの奥さんのものだった。何でも先日夜の高速道路で追突事故に巻き込まれてしまったそうだ。
克哉くんも重傷を負い、今はまだ入院中とのことだ。そのことに僕は心の奥底でほっとしているのを感じた。克哉くんがもしいるのなら、この寺にはどんな理由をつけてでも来やしない。
「……実は宮崎で会ったばかりだったんだ」
「えっ誰とだ?」
「克哉くんと奥さん……そしてお子さんたち」
今考えても、奇遇なことだった。
あの丈と洋くんの新婚旅行先で、ずっと会っていなかった克哉くんと再会するなんて。そして克哉くんが僕を見る眼は今も恐ろしかった。
「なんだよ。それ! あいつ……何かまたお前にしなかったか」
「……ないよ。大丈夫だ。家族連れで来ていたし、お子さんもいたしね」
これ以上は達哉には話せないことだ。
洋くんに助けられた大浴場での出来事は話せない。
嬲るような目つき。
躰を辿ったいやらしい指先。
乳首の下のキスマークを見られてしまった。
「そうか……まさかあいつの奥さんが亡くなるなんて、まだ子供も小さいんだ」
「そうだったね。……お気の毒に」
「さぁ、とにかくこっちだ」
「うん……あっ」
「危ないっ、翠は相変わらず危なっかしいな」
動揺を隠せない僕が石段でふらつくと、達哉が俺の背に手をまわして支えてくれた。そのままぐっと押され時、後ろから声がした。
「翠兄さん!」
「あっ流」
「ん? あぁお前翠の弟の……流か」
「どうも達哉さん……お久しぶりです。あとは俺が兄さんを案内しますから、もう大丈夫ですよ」
「あぁわかった。じゃあ翠、来てくれてありがとうな」
「うん、達哉もいろいろ大変だと思うが、頑張れ」
達哉はいい奴だ。温かくて、優しい奴。
中学から大学まで共に過ごした親友だったのに、何度目かの克哉くんの騒動が引き金となり、僕たちの親友としての仲を引き離してしまうことになったのだ。
「おい翠、大丈夫か。俺から離れんなよ」
「……流、お前がいてくれると、ほっとするな」
参列の人がひっきりなしに僕たちの横を通るのが恨めしい。今ここに誰もいなかったら、僕は流の肩口に頭をそっと、のせただろう。
甘えたい。
流に甘えたくて仕方がない。
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