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第2部 10章
引き継ぐということ 18
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「ははっ冗談だよ~なにマジになってんの」
「おっ……大人をからかうもんじゃないだろっ」
うっかり唇を擦った時点で、しまったと思った。
まだ14歳だからとか、翠さんの息子だからとか油断していた。更に続けて言われたことで、クラクラと眩暈までしてきた。
「大人だって。くくっ洋さんだってまだ学生だろ」
「えっ学生って……まさか俺のこと?」
「そっ大学生でしょ? どんな経緯で父さん達の弟になったのか知らないけど、その顔すごいね」
「顔?」
じっと見られて、何事かと思う。
そういう薙くんだって、とても綺麗な顔立ちだ。翠さんの若い頃も、きっとこんな風に綺麗な少年だったのだろう。
「うん、なんかさーキレイすぎて、男に襲われそう。あ……もしかしてそっちの人なの?」
動揺が走ったが、今度は同じミスを犯さぬよう必死にポーカーフェイスだ。
「なっ何言ってるんだ? 俺はもう28歳で社会人だし……そんなっ」
「ええっマジ? 信じられないなー」
あからさまに驚かれて、どうにも居心地が悪い。
俺……一体いくつに見られてたんだ。こんな話を丈が知ったら、また馬鹿にされてしまう。
童顔とかそういうのじゃないんだ。きっと社会人と言っても、会社勤めしているわけじゃないから、落ち着いて見えないのか。大人の男性として見られていないことにショックを覚えた。
「おいおい薙、お前何してんだ? 洋くんを困らせてないか」
「あっ流さん!」
会話が続かなくて困っていたら、流さんが部屋を覗きに来てくれたので助かった。薙くんも流さんの前では感じが違って、普通の14歳の年相応の男の子に見える。
「洋くん、大丈夫だった? コイツひねくれてるだろ?」
「酷いなっ、ただお若く見えますねーって言ってただけだ」
「さぁほら、行くぞ」
「どこに?」
「あぁ……お前の学校の転校手続きだよ。父兄が付き添いで行かないとな」
「ふぅん、じゃあ父さんは?」
「あぁ急な葬式が入ってバタバタしていてな」
「このお寺で?」
「いや、近くの寺だ」
「ふぅん、まぁいいよ。流さんが一緒に行ってくれるんでしょ」
「さぁ早く行こう。俺も戻ったら葬式に行かないといけないからな」
****
流さんと薙くんが出かけるのを、玄関で見送った。楽しそうに並んで歩く姿は、なんだか本当の親子みたいだと思った。
薙くんは顔は翠さん似だけど、中身は全然違った。むしろ流さんっぽいのか。それとも今時の子供ってみんなこんなもんなのか。
そうだ! 今度の週末は安志の家に行こう。まだ宮崎のお土産も渡せていないし、涼にも来てもらって若い子のこと教えてもらおう。
玄関まで来たから、せっかくなので庭に出てみた。
見上げれば真昼の夏空だ。
入道雲も蝉も……八月も最後だと言わんばかりに威張っている。
もう明日から九月になるからか。やがてこの寺には秋が来て冬が来て、季節がぐるりと音を立てるように巡っていく。何度も何度も、それは繰り返し、そうやって俺はここで歳を重ねていくと思うと幸せな気持ちになった。
それに緑豊かな寺の庭の先にはリフォーム中の離れの別宅が見える。
宮崎旅行中に一気に工事が進んだので、完成はもうまもなくだ。
あそこで丈と二人で暮らすことになる。あそこは俺達の家だ。
「洋くん、悪かったね」
翠さんも出かけるようで庭に出て来た。墨染めの袈裟を着ていたので、葬式という言葉を思い出した。
「翠さん、お葬式だと聞きましたが」
「あ……うん、そうなんだ」
少し元気がない?
「流はもう行ったの?」
「ええ」
「ふぅん、そうか……」
やっぱり元気がないと思った。
「翠さん?」
「あっいや……いいんだ。先に行ってくる」
翠さん、あんなに宮崎では楽しそうだったのに、北鎌倉に戻って来てからは、本格的に住職の仕事を継がれて、忙しそうだ。
心なしか元気がいつもよりずっとない。
それは……流さんが隣にいないから?
「おっ……大人をからかうもんじゃないだろっ」
うっかり唇を擦った時点で、しまったと思った。
まだ14歳だからとか、翠さんの息子だからとか油断していた。更に続けて言われたことで、クラクラと眩暈までしてきた。
「大人だって。くくっ洋さんだってまだ学生だろ」
「えっ学生って……まさか俺のこと?」
「そっ大学生でしょ? どんな経緯で父さん達の弟になったのか知らないけど、その顔すごいね」
「顔?」
じっと見られて、何事かと思う。
そういう薙くんだって、とても綺麗な顔立ちだ。翠さんの若い頃も、きっとこんな風に綺麗な少年だったのだろう。
「うん、なんかさーキレイすぎて、男に襲われそう。あ……もしかしてそっちの人なの?」
動揺が走ったが、今度は同じミスを犯さぬよう必死にポーカーフェイスだ。
「なっ何言ってるんだ? 俺はもう28歳で社会人だし……そんなっ」
「ええっマジ? 信じられないなー」
あからさまに驚かれて、どうにも居心地が悪い。
俺……一体いくつに見られてたんだ。こんな話を丈が知ったら、また馬鹿にされてしまう。
童顔とかそういうのじゃないんだ。きっと社会人と言っても、会社勤めしているわけじゃないから、落ち着いて見えないのか。大人の男性として見られていないことにショックを覚えた。
「おいおい薙、お前何してんだ? 洋くんを困らせてないか」
「あっ流さん!」
会話が続かなくて困っていたら、流さんが部屋を覗きに来てくれたので助かった。薙くんも流さんの前では感じが違って、普通の14歳の年相応の男の子に見える。
「洋くん、大丈夫だった? コイツひねくれてるだろ?」
「酷いなっ、ただお若く見えますねーって言ってただけだ」
「さぁほら、行くぞ」
「どこに?」
「あぁ……お前の学校の転校手続きだよ。父兄が付き添いで行かないとな」
「ふぅん、じゃあ父さんは?」
「あぁ急な葬式が入ってバタバタしていてな」
「このお寺で?」
「いや、近くの寺だ」
「ふぅん、まぁいいよ。流さんが一緒に行ってくれるんでしょ」
「さぁ早く行こう。俺も戻ったら葬式に行かないといけないからな」
****
流さんと薙くんが出かけるのを、玄関で見送った。楽しそうに並んで歩く姿は、なんだか本当の親子みたいだと思った。
薙くんは顔は翠さん似だけど、中身は全然違った。むしろ流さんっぽいのか。それとも今時の子供ってみんなこんなもんなのか。
そうだ! 今度の週末は安志の家に行こう。まだ宮崎のお土産も渡せていないし、涼にも来てもらって若い子のこと教えてもらおう。
玄関まで来たから、せっかくなので庭に出てみた。
見上げれば真昼の夏空だ。
入道雲も蝉も……八月も最後だと言わんばかりに威張っている。
もう明日から九月になるからか。やがてこの寺には秋が来て冬が来て、季節がぐるりと音を立てるように巡っていく。何度も何度も、それは繰り返し、そうやって俺はここで歳を重ねていくと思うと幸せな気持ちになった。
それに緑豊かな寺の庭の先にはリフォーム中の離れの別宅が見える。
宮崎旅行中に一気に工事が進んだので、完成はもうまもなくだ。
あそこで丈と二人で暮らすことになる。あそこは俺達の家だ。
「洋くん、悪かったね」
翠さんも出かけるようで庭に出て来た。墨染めの袈裟を着ていたので、葬式という言葉を思い出した。
「翠さん、お葬式だと聞きましたが」
「あ……うん、そうなんだ」
少し元気がない?
「流はもう行ったの?」
「ええ」
「ふぅん、そうか……」
やっぱり元気がないと思った。
「翠さん?」
「あっいや……いいんだ。先に行ってくる」
翠さん、あんなに宮崎では楽しそうだったのに、北鎌倉に戻って来てからは、本格的に住職の仕事を継がれて、忙しそうだ。
心なしか元気がいつもよりずっとない。
それは……流さんが隣にいないから?
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