重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
738 / 1,657
第2部 10章

引き継ぐということ 18

しおりを挟む
「ははっ冗談だよ~なにマジになってんの」
「おっ……大人をからかうもんじゃないだろっ」

 うっかり唇を擦った時点で、しまったと思った。

 まだ14歳だからとか、翠さんの息子だからとか油断していた。更に続けて言われたことで、クラクラと眩暈までしてきた。

「大人だって。くくっ洋さんだってまだ学生だろ」
「えっ学生って……まさか俺のこと?」
「そっ大学生でしょ? どんな経緯で父さん達の弟になったのか知らないけど、その顔すごいね」
「顔?」

 じっと見られて、何事かと思う。

 そういう薙くんだって、とても綺麗な顔立ちだ。翠さんの若い頃も、きっとこんな風に綺麗な少年だったのだろう。

「うん、なんかさーキレイすぎて、男に襲われそう。あ……もしかしてそっちの人なの?」

 動揺が走ったが、今度は同じミスを犯さぬよう必死にポーカーフェイスだ。

「なっ何言ってるんだ? 俺はもう28歳で社会人だし……そんなっ」
「ええっマジ? 信じられないなー」

 あからさまに驚かれて、どうにも居心地が悪い。

 俺……一体いくつに見られてたんだ。こんな話を丈が知ったら、また馬鹿にされてしまう。

 童顔とかそういうのじゃないんだ。きっと社会人と言っても、会社勤めしているわけじゃないから、落ち着いて見えないのか。大人の男性として見られていないことにショックを覚えた。

「おいおい薙、お前何してんだ? 洋くんを困らせてないか」
「あっ流さん!」

 会話が続かなくて困っていたら、流さんが部屋を覗きに来てくれたので助かった。薙くんも流さんの前では感じが違って、普通の14歳の年相応の男の子に見える。

「洋くん、大丈夫だった? コイツひねくれてるだろ?」
「酷いなっ、ただお若く見えますねーって言ってただけだ」
「さぁほら、行くぞ」
「どこに?」
「あぁ……お前の学校の転校手続きだよ。父兄が付き添いで行かないとな」
「ふぅん、じゃあ父さんは?」
「あぁ急な葬式が入ってバタバタしていてな」
「このお寺で?」
「いや、近くの寺だ」
「ふぅん、まぁいいよ。流さんが一緒に行ってくれるんでしょ」
「さぁ早く行こう。俺も戻ったら葬式に行かないといけないからな」


****

 流さんと薙くんが出かけるのを、玄関で見送った。楽しそうに並んで歩く姿は、なんだか本当の親子みたいだと思った。

 薙くんは顔は翠さん似だけど、中身は全然違った。むしろ流さんっぽいのか。それとも今時の子供ってみんなこんなもんなのか。

 そうだ! 今度の週末は安志の家に行こう。まだ宮崎のお土産も渡せていないし、涼にも来てもらって若い子のこと教えてもらおう。

 玄関まで来たから、せっかくなので庭に出てみた。

 見上げれば真昼の夏空だ。

 入道雲も蝉も……八月も最後だと言わんばかりに威張っている。

 もう明日から九月になるからか。やがてこの寺には秋が来て冬が来て、季節がぐるりと音を立てるように巡っていく。何度も何度も、それは繰り返し、そうやって俺はここで歳を重ねていくと思うと幸せな気持ちになった。

 それに緑豊かな寺の庭の先にはリフォーム中の離れの別宅が見える。

 宮崎旅行中に一気に工事が進んだので、完成はもうまもなくだ。

 あそこで丈と二人で暮らすことになる。あそこは俺達の家だ。

「洋くん、悪かったね」

 翠さんも出かけるようで庭に出て来た。墨染めの袈裟を着ていたので、葬式という言葉を思い出した。

「翠さん、お葬式だと聞きましたが」
「あ……うん、そうなんだ」

 少し元気がない?

「流はもう行ったの?」
「ええ」
「ふぅん、そうか……」

 やっぱり元気がないと思った。

「翠さん?」
「あっいや……いいんだ。先に行ってくる」

 翠さん、あんなに宮崎では楽しそうだったのに、北鎌倉に戻って来てからは、本格的に住職の仕事を継がれて、忙しそうだ。

 心なしか元気がいつもよりずっとない。

 それは……流さんが隣にいないから?


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...