重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

引き継ぐということ 8

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 夕食を終え、離れの仮住まいの部屋に丈と戻って来た。

「洋、お疲れ様。今日は出掛けていたのか」
「うん、先生の所で翻訳の手伝いをしてきたよ。宮崎のお土産も渡せたしね」
「あぁチーズ饅頭か。私の職場でも好評だったよ」
「んっあれは美味しかったな、俺達の分も残っているよ。食べる?」
「もらおうか」

 丈も俺も実は甘いものが好きだ。もともとは俺の方が好きだったのだが、丈も合わせて食べてくれるようになった。

 温かい紅茶をいれてチーズ饅頭を頬張った。少しサクっとした生地の中に、あんこの代わりにさっぱりしっとりのクリームチーズが入っていて絶妙のバランスだ。

「あぁやっぱり美味しいな」
「んっ、そうだ洋さっきの話だが、薙のこと」
「ん?」
「大丈夫そうか」

 夕食時に、以前からちらちらと名前が出て来た翠さんの息子「薙くん」のことを詳しく説明された。

 翠さんは大学を卒業してすぐ、24歳で都内の寺の一人娘の森彩乃さんという女性と見合い結婚をし一旦月影寺を出て、奥さんの実家の寺で働いてしたそうだ。もしかして婿養子だったのかな。一人息子の薙くんもすぐに生まれたが、薙くんが5歳の時に離婚して、それ以来……ここ二年ほど会っていないという。

 そしてその薙くんが次の日曜から、この月影寺にやってきて共に暮らすということだった。薙くんのお母さんがフランスに仕事で行くので、翠さんが引き取るという事情だ。

「それにしても翠さんの結婚って随分早かったんだね。24歳なんてさ」

「そうか。だが洋も24の時には、もう私に抱かれていなかったか」

「ちょっ!そういう言い方やめろよ、恥ずかしい」

「ははっ悪い悪い。洋が可愛くてついからかいたくなる。でもそうだな……私もその頃はまだ学生で寮に住んでいたし、どうしてそんなに早く結婚して、しかもこの寺を出て行ったのか分からない。やはり何か事情があったのか。その辺のことは聞きにくくてな」

「それに……」
「何か心配事か」
「んっ、薙くんに俺達の関係どう説明したらいいのかなって思って」

「あぁそうだな。薙は中二だったな。多感な時期だし、様子を見てからの方がいいのだろうか」

「う……ん」

 少しだけ本当は不安だ。

 俺が中学生の頃は同性愛なんて毛嫌いしていたし、現実に自分の身内がとなったら、薙くんがどう思うかわからない。すんなり受け入れてもらえるのかどうか。

 俺と丈は恥ずかしいことはない。
 愛し合っているから暮らしている。
 ただそれだけだ。

 だけど、それによってまだ中学生の薙くんのことを悩ませたくない。

「おいで、洋」
 
 不安な気持ちになっている俺のことを察したの、丈が俺を優しく抱き寄せて、肩にもたれさせてくれる。

「心配するな。洋が後ろ指を指されるようなことは、させない」

「そうだな……心配しすぎだな。俺も薙くんと仲良くなりたいよ。この家じゃ一番歳が近いもんな」

「おいおい、洋だってもう28歳だぞ」
「丈よりずっと若いだろ!」
「言ったな!」
「あっ……くすぐったい!」

 畳みの上で俺達はじゃれ合った。
 少しの不安なんて吹き飛んでしまうといい。

****

 母と二人で暮らすマンションは、渋谷から一駅の恵比寿という街にある高級マンションだ。高層階の大きな窓からは、東京タワーが今日もいつもと同じだけ、キラキラと輝いて見えた。

 オレは結構この夜景が気に入っていた。

 人工的で無機質で、毎日同じトーンの光を発する都会の街。

 トントンー

 ノックの音に振り返ると、母が立っていた。

「薙、いよいよ明日ね。仕度は出来たの」
「とっくに出来ているよ」
「そっ、じゃあ明日は夜の19時には空港に行かないといけないから、薙も夕方には家に必ず戻ってね」

 そうだ、明日からのオレはもうここにはいない。

 見渡せば部屋は段ボールの山。母と二人で暮らすには広すぎる家だったなと思う。

 この荷物どこへ行くんだろう。オレの荷物なんてたかが知れているのに……全部母の趣味のものだ。よく分からない絵や花瓶にティーカップ。

 オレには母が夢中になる世界のことがよく分からなかった。そして明日からまた更に分からない世界へ行く。

 父親の元へ預けられるわけだが、そこはこことはまるで違う。

 山の中の寺。

 小さい頃、何度か夏休みに泊ったこともあるけど、ここ最近は行ってないから記憶が朧げだが、古い木造の家で雨漏りがしてきて……あぁ快適なマンションとは程遠い。

 かといって甘えて母にくっついていくような歳でも柄でもないしな。

 言われた通り、父の方へ身を寄せるしかない。母の実家の祖父母はインテリで大っ嫌いだし、あそこには近寄りたくない。

 オレはまだ14歳。
 早く大人になりたい。

「父さん……」

 久しぶりにその名を呼んでみると、懐かしい気持ちが沸き起こった。

 どこか儚げで危うく優し気な人。

 子供心にそんなことを感じていたのを思い出す。

 そして……こんな都会の夜景が、少しも似合わない人だ。



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