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第2部 10章
引き継ぐということ 4
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その日の夜は久しぶりに、母の手作りの天ぷらを皆で食べた。新しく増えた洋くんを交えて賑やかな食卓だった。
俺は途中から天ぷらを揚げる母のサポートにまわった。台所に入ると母の手が滑らかに動き、黄金色の衣をまとった天ぷらが次々と出来上がっていた。食材の匂いが立ち込める食欲をそそる台所風景にほっとする。外食が続いていたので、やっぱり家庭料理はいいものだ。
「母さん手伝うよ。少し座ったら? 」
母の手から菜箸を奪い、場所を替わってもらう。天ぷらなら得意だ。
「まぁありがとう、流、あなた手際が良くなったわね」
「まぁな。いつもやってるから自然とな」
「本当に見た目は一番男らしいのに、料理も上手で、いい主夫になれるのに」
「ははっ、よく言うよ。母さんが家事を放棄するから上達したんだぜ」
「まぁこの子ったら。でもありがとう。流……明日からよろしくね」
「なんだよ気持ち悪いな、改まって」
「翠のことよ。あの子はしっかりしているようで昔から危なっかしいの。また変なことにならないように、あなたがしっかり見守って。その……いろんなことから守ってあげてね」
「おっ……おう」
変なことにならないようにか。
参ったな。そんな風に信頼して念を押してくれるな。俺と翠は、もう母さんには言えないことをしているというのに。
「その点、丈は大丈夫そうね」
「あぁ、あいつ面白くなったな」
「まぁなあにその言い方。丈は本当は昔から面白い子よ。今は洋くんの尻に敷かれているわね。あれは完全に。ふふっ」
「だな、洋くんはいい子だよ。見た目よりずっと芯が強いみたいで、結構やんちゃなとこもあって可愛い」
「そうね、いい笑顔見せるようになってきたわね。今までご両親を亡くし苦労したようだから、ここでは伸び伸びと過ごして欲しいわね。私は幸せよ。孫はどうやら薙一人になりそうだけど、それでも息子たちの幸せそうな笑顔が見れて幸せよ」
「……だな」
そうだな。今となっては翠が一度でも結婚して薙という息子を授かってくれたのは、母にとって救いなのかもしれない。
俺にとって翠の結婚は地獄だったのだが、薙は可愛い。どこか性格が俺に似た所もある可愛い甥っ子だ。ここしばらく会っていないが、どんな風に成長したか楽しみだ。
母との会話は少し胸が苦しくなるようなものでもあった。それから少しだけ食事中に翠の表情が強張っていたのが気になった。
そうか……さっき風呂上がりに廊下を通ると、翠は沈んだ声で電話をしていた。翠の口調から、電話の相手が翠の元妻だと察したので、おおよそ厄介事でも引き受けたのだろう。
昔から翠は彩乃さんの言うなりで、それが俺を毎回イライラさせていた。
離婚した後だって、一方的に薙は向こうに行ってしまったし、それが今になって手のひらを返したように預かれってどういうことだ? 姓は森のままなのにな。
和やかな食事も終わり、明日からのそれぞれの日常に備えて早く休むことになった。
両親も明日の午前中には熱海へ戻るそうだ。
(何か心配事でもあるのか。)
俺の前を歩く翠に聞こうと思ったが、今日はやめておこう。
兄さんと二人きりになったら自制が効かなくなりそうで怖いんだ。この数日間ずっと触れていた翠の肌が、もう恋しいのだから。
「流、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
翠のことが気になりつつも、部屋の前をそのまま通過した。背中に翠の静かな視線を感じたが振り返らない。
今日は両親が近くの部屋にいるから、細心の注意が必要だ。年老いていく両親に心配をかけるようなことだけはしたくない。それは翠と俺の共通の願いでもあるのだから。
おやすみ翠、また明日。
明日になったら聞くよ。
翠の悩み……全部受け止めるから。
待っていてくれ。
情けなくもなるが……心の中でそう呟くことしか、今の俺には出来なかった。
俺は途中から天ぷらを揚げる母のサポートにまわった。台所に入ると母の手が滑らかに動き、黄金色の衣をまとった天ぷらが次々と出来上がっていた。食材の匂いが立ち込める食欲をそそる台所風景にほっとする。外食が続いていたので、やっぱり家庭料理はいいものだ。
「母さん手伝うよ。少し座ったら? 」
母の手から菜箸を奪い、場所を替わってもらう。天ぷらなら得意だ。
「まぁありがとう、流、あなた手際が良くなったわね」
「まぁな。いつもやってるから自然とな」
「本当に見た目は一番男らしいのに、料理も上手で、いい主夫になれるのに」
「ははっ、よく言うよ。母さんが家事を放棄するから上達したんだぜ」
「まぁこの子ったら。でもありがとう。流……明日からよろしくね」
「なんだよ気持ち悪いな、改まって」
「翠のことよ。あの子はしっかりしているようで昔から危なっかしいの。また変なことにならないように、あなたがしっかり見守って。その……いろんなことから守ってあげてね」
「おっ……おう」
変なことにならないようにか。
参ったな。そんな風に信頼して念を押してくれるな。俺と翠は、もう母さんには言えないことをしているというのに。
「その点、丈は大丈夫そうね」
「あぁ、あいつ面白くなったな」
「まぁなあにその言い方。丈は本当は昔から面白い子よ。今は洋くんの尻に敷かれているわね。あれは完全に。ふふっ」
「だな、洋くんはいい子だよ。見た目よりずっと芯が強いみたいで、結構やんちゃなとこもあって可愛い」
「そうね、いい笑顔見せるようになってきたわね。今までご両親を亡くし苦労したようだから、ここでは伸び伸びと過ごして欲しいわね。私は幸せよ。孫はどうやら薙一人になりそうだけど、それでも息子たちの幸せそうな笑顔が見れて幸せよ」
「……だな」
そうだな。今となっては翠が一度でも結婚して薙という息子を授かってくれたのは、母にとって救いなのかもしれない。
俺にとって翠の結婚は地獄だったのだが、薙は可愛い。どこか性格が俺に似た所もある可愛い甥っ子だ。ここしばらく会っていないが、どんな風に成長したか楽しみだ。
母との会話は少し胸が苦しくなるようなものでもあった。それから少しだけ食事中に翠の表情が強張っていたのが気になった。
そうか……さっき風呂上がりに廊下を通ると、翠は沈んだ声で電話をしていた。翠の口調から、電話の相手が翠の元妻だと察したので、おおよそ厄介事でも引き受けたのだろう。
昔から翠は彩乃さんの言うなりで、それが俺を毎回イライラさせていた。
離婚した後だって、一方的に薙は向こうに行ってしまったし、それが今になって手のひらを返したように預かれってどういうことだ? 姓は森のままなのにな。
和やかな食事も終わり、明日からのそれぞれの日常に備えて早く休むことになった。
両親も明日の午前中には熱海へ戻るそうだ。
(何か心配事でもあるのか。)
俺の前を歩く翠に聞こうと思ったが、今日はやめておこう。
兄さんと二人きりになったら自制が効かなくなりそうで怖いんだ。この数日間ずっと触れていた翠の肌が、もう恋しいのだから。
「流、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
翠のことが気になりつつも、部屋の前をそのまま通過した。背中に翠の静かな視線を感じたが振り返らない。
今日は両親が近くの部屋にいるから、細心の注意が必要だ。年老いていく両親に心配をかけるようなことだけはしたくない。それは翠と俺の共通の願いでもあるのだから。
おやすみ翠、また明日。
明日になったら聞くよ。
翠の悩み……全部受け止めるから。
待っていてくれ。
情けなくもなるが……心の中でそう呟くことしか、今の俺には出来なかった。
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