重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
704 / 1,657
完結後の甘い話の章

『蜜月旅行 85』終わりは始まり

しおりを挟む
 朝食後はツアー客と共に、ホテルへ戻ってきた。

「さぁ売店に寄ろう」

 翠兄さんはさっき言ったことを本当に実行するようだな。それならそうで受けて立つさ。

「いいですよ。何でも好きな水着を買ってあげますよ」

「ふふっ頼もしいです」

 隣で話を聞いていた洋くんが、くすぐったそうに笑っていた。弟が兄に慕う様な甘えた笑顔だ。へぇ……洋くんはこの旅行に来てから、どんどん表情がほぐれていくな。

 もしかして持って生まれた性格は、もう少し違うのかもしれないな。大人しく静かで控えめで、でも芯があるとは思っていたけれども……ずっと月が雲に隠れた夜のように暗く危うい世界にいたのかもしれない。息をひそめるように生きて来た日々を想像すると、少しだけ胸がしめつけられた。

 っと翠兄さんはどこだ?
 探すとホテルの売店の奥で、女の店員さん達と歓談している。

「あら~お兄さん偉い美形ね、モデルさんか俳優さん?」

「いえ、そんな、ただの旅行客ですよ」

「嘘ぉ~一般人とは思えないわ」

「ありがとうございます。あの……男性用の水着はどちらですか」

「水着ですってぇ♡」

 おいおい語尾にハートマークがついてるぜ。おばさん達よ。

 兄さんは、はっきり言って昔から中年のおばさんにモテモテなんだよな。もちろん若い子にもだが、数的には圧倒的におばさんが多い。おばさんキラーって奴か?庇護欲をそそる対象なのか……全くこんな所でも絡まれて。

 寺の写経会なんて、兄さんが担当の日はおばさんの申し込みが殺到して抽選になるほどだ。
鎌倉界隈の奥様方の間で、兄さんは『月影寺の貴公子』と囁かれているのを、俺は知っているぞ。俺の方がワイルドでいいだろう?と思うのに、鎌倉の上品な奥様方にはウケないようで面白い。

 早速店の奥へ連れて行かれ、あれこれと水着を勧められている。

「こっちの淡い色のタイトな方がお客様にはお似合いですよ。色白で華奢ですから」

「いや……あの、もっと普通の…ハーフパンツっぽいのでいいのですが」

「えーーーー!!そんな勿体ない。せっかくのお綺麗な体つきなんだから、ねねね試着してはいかが」

「え?いや僕はそっちの黒い膝丈ので」

 強引に試着室へ連れて行かれる翠兄さんに様子に呆れてしまった。そろそろ助けてやるか。

「翠兄さん、決まりましたか」

「あっ流……」

 助けを求めるような翠兄さんの顔が可愛らしくて、この人は本当にっと苦笑してしまう。

「あら?お客様のご同行の方ですか」

 おいおい、おばさんなかなかしぶといな。俺がそこを退けオーラで近寄っても食い下がらないとは。

「えぇ弟です」

 兄さんも律儀に答えなくてもいいのに。

「まぁ~全然似てないんですね。あぁそうよ!さっきの黒い水着は弟さんのような精悍な方の方が似合いますよ!」

 おっでも、なかなかいいこと言うな。

「ありがとう。そんなに熱く勧められたら断れないな。ねぇ兄さん。じゃあ俺が黒いので、兄さんにはあなたが見立てたその水色のを。あ……そうだ洋くんのも買わないと。洋くんにはこの水色の色違いはありますか」

「まぁよろしいのですか。私達なんかの見立てて」

「勿論だ」

「キャー!!」

「流っその水着はちょっと……」

 翠兄さんの不満げな声がするが店員さんの前で、強く言い返せないようだった。

 俺は兄さんの弱みを知っている。

 人前では大人しいんだよな。いい顔しがちになるんだよな。典型的な長男気質が今日は役に立ったってわけだ。

「翠兄さん、ここにいたんですか!水着もう決まりましたか」

 レジで包装してもらっていると洋くんがやってきた。

「あ……うん。決めたというか、決められた」

「ん?」

「それで……洋くんも道連れだから」

「は?」

 目を丸くする洋くんの様子が、可愛らしかった。

「まぁ、その方も弟さんですか?」

 店員のおばさんが洋くんに見惚れながら話かけてきた。

「ええ一番下の弟です」

「皆さん美男子ばかりで驚いたわ!それに一番下の弟さんは、あなたによく似ていて」

「そうですか」

「ええ、流石ご兄弟ですね~雰囲気も顔立ちもよく似ているのねぇ~」

「ありがとうございます!」

 滑らかな頬を紅色に染めて、いち早く答えたのは洋くんだった。

 洋くんは過去の、もう綺麗なだけで虐めたくなるような男ではない。可憐な人懐っこい笑顔を浮かべるようになっていた。本当に、誰もを魅了する笑顔だ。きっとこの先は誰もが大切に、その笑顔を守りたくなるような気分になるだろう。

 そうだ、その調子だよ。洋くん。
 もっともっと来いよ。俺達の兄弟の中へ入ってこい。
 俺達はみな大歓迎だぞ!


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

処理中です...