重なる月

志生帆 海

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完結後の甘い話の章

『蜜月旅行 82』明けゆく想い

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 ホテルを出て30分程で、まだ真っ暗な宮崎県の富田浜に到着した。バスを降りると、現地の案内人がすっ飛んで来た。

「おはようございます!!お客様たちはラッキーですよ。今ちょうどウミガメが産卵で上陸しているんです。さぁこちらへ」

「へぇ……兄さんラッキーですね。産卵を見られるなんて」

「そうだね。最近は上陸数が激減していて滅多に産卵シーンを見ることは出来ないと聞いていたのに」

 本当にそうだ。ツアー申込時にも同じことを説明された。案内されて暗い海岸に着くと、すでに遠巻きに人だかりが出来ていた。

「ウミガメは、上陸から産卵を始めるまでの間は非常に警戒心が強く、ライトを照らしたり驚かしたりすると、卵を産まずに途中で海に戻ることがあります。ですので、そういった行為は一切禁止します」

 観察員のスタッフから注意事項を受けた後、人の輪の中をヒョイっと覗くと1匹のウミガメがいた。

「翠兄さん、見えますか。こっちへ」

「ありがとう」

 俺より背が低い翠兄さんの細い腕を引っ張り、人と人の隙間に立たしてやった。ウミガメは想像より大きく1mほどはあるのだろうか。まるで生きた化石だ。

 産卵の際メスは夜中に砂浜に上陸し、潮が満ちてこない高台に穴を掘ってピンポン玉ほどの大きさの卵を一度に100個ほど産み落とすそうだ。そして産卵後は後脚で砂をかけ卵を埋め海へ再び戻っていく。砂の中に残された卵は2か月ほどで孵化し、その子ガメは海へ旅立つというわけだ。

 砂に躰を半分埋めたウミガメが、必死に卵を産み落としていた。

 一つ…二つ…

 誰もしゃべることのない静寂の中、動くのはウミガメだけだ。いきむような仕草で、ポロン…ポロン…と白くて丸いピンポン玉のような卵をこの世に排出していく。

 俺も翠兄さんも、その必死な姿に目を奪われた。

 じっと見つめていると、卵を懸命に産み落とすウミガメが、眼に大粒の涙が浮かべていることに気が付いた。

「泣いている…」

 その涙に、胸がつぶれる思いだった。なぜならその涙は、一昨夜……翠を初めて抱いた時に翠が流した透明の澄んだ涙に似ていたから。

 後ろなんて使ったことない翠が、俺を迷いなく受け入れてくれた。
 俺の侵入を……挿入を許してくれた。

 初めての受け入れる行為に痛がっていたのに、途中でやめてやることが出来ず、結局泣かせてしまったのは俺だ。

 たった二日前のことだ。俺は自分で思っていたよりも臆病な男なのかもしれない。急に気力がなくなり、そっと翠を残し列を離脱して、波打ち際に座り込んだ。

 翠……俺を受け入れるのは苦しかったか。
 辛かったか、痛かったか。

 弟である俺に躰を明け渡すのは、少しも悲しくなかったか。

 おいおい、これじゃ俺がウミガメの涙のせいで情緒不安定じゃないか。昨日だって、翠の方から歩み寄ってくれたのに、翠の涙が忘れられず挿入できなかった。

 意気地なしは俺だ。

 だが挿入しないで終わると物足りなくて仕方がなく、あの後トイレで3回も抜いた。翠の裸体を、俺からバックで攻められている翠がポロポロと涙を流す姿を想像しながら。

 最低だな!あーーもう俺はどうしたんだ。
 憧れに憧れ続けた翠を手に入れたというのに。

 自分が嫌になって髪の毛を掻きむしって盛大な溜息をつくと、翠の声が頭上から聞こえた。

「流、一体どうした?途中で消えるなんて」

「いや……」

「何かあったのか」

 翠が隣に腰を下ろした。綺麗な砂が翠の指を埋めていく。
 くそっそんなに優しく深い声で聞かれては…答えないわけにいかないじゃないか。

「ウミガメの涙が痛々しくてな」

「ウミガメの涙?」

「さっき卵を産みながらポロポロ泣いていただろう」

「あぁ……馬鹿だな。あれは涙じゃないんだよ。ウミガメはね、海での生活に適応するためにいろんな機能をもっているそうで、目の横にある体内の塩分濃度を調節する器官もその一つで、そこから塩水が粘液として排出されているそうだよ。産卵のため上陸した際、これが涙のように見えるってスタッフの人が説明してくれたばかりだ」

 真面目に言ってのける翠の様子に、思わず苦笑した。

 その機能が、産卵のために上陸したウミガメの眼球が乾燥するのを防ぐ役割があることまで、俺はちゃんと知っている。

 それでも重なって見えたんだ。翠の泣き顔に……

「なぁ流……お前もしかして気にしているのか」

「えっ何を?」

 翠は少しだけ頬を染めていた。辺りを見回し近くに人がいないのを確かめてから、話を続けた。

「……その……僕が抱かれた時、泣いてしまったことを。だから昨日は……」

「おいっ翠っ」

 翠は突然大胆なことを言う。
 こんな夜明けに、人がいる場所で……問われてなんと答えていいのか分からず絶句した。


「涙は…生きてゆくための大切な機能の一つだよ。あの涙はね…もちろん初めての行為を受け入れることの肉体的な痛みはあったが…流と繋がれたことが嬉しかったからというのもあるんだよ。だからもう気にするな。僕はそれを……望んでいる」

「のっ望んでいるって?いいのか……大丈夫なのか!」

「馬鹿、声が大きいっ。興奮するな。僕がそうして欲しいって思っているのに、お前はなんて馬鹿なんだ。いつまで遠慮しているんだ。ここでは僕たちは自由なはずだろう?」

 本当に参った。
 翠には参るよ。

 俺よりもこれじゃ上手だ。

 徐々に夜が明けていく。
 オレンジ色の生まれたての光線が、翠の美しい輪郭を照らし始めていた。

 夜明けだ。

 ずっと明けなかった夜が、俺たちの目前で……今まさに明けていく。
 それは俺と翠の夜明けを意味しているようだった。





****

こんにちは!志生帆 海です。
ウミガメツアーは実際に私が宮崎旅行で体験したもので、懐かしい気持ちで書きました。
夜明けを全身で感じるそんなひと時。
いろんなしがらみから、この時だけ解放された翠と流に味わって欲しくて。

ウミガメの涙→翠の涙連想のアイデアはBloveさんの読者のニコルちゃんからいただきました。ニコルちゃんのコメントは抱腹です!いつもありがとうございます(//∇//)ぜひ読んで欲しい~他の皆さんの賛同も後押しになりました!長引く「蜜月旅行」へ、リアクション等で応援ありがとうございます。更新の糧&励みとなっています(*´ω`*)
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