重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
697 / 1,657
完結後の甘い話の章

『蜜月旅行 79』明けゆく想い

しおりを挟む
 翠はもう寝たのか。さっきまで寝付けないようで、もぞもぞとしていたようだが、今は身動き一つしなくなった。

 俺も煩悩を抑え込み、あと少しで夢の世界へ行けそうだ。やっとウトウトとし出した瞬間だった。

 背中をそっと撫でる手を感じた。あぁ……これは夢か。昔のように翠兄さんが俺の背中を撫でてくれている。

 俺は小さい頃、癇癪を起すといつもこうやって布団に丸まりいじけていた。そんな時は……俺を心配した翠兄さんが必ず布団の上から背中を撫でて、なだめてくれた。

 全く……俺という人間は、あの頃と少しも変わらないな。この歳になっても、翠を抱きたいのに抱けないことに苛立って、不貞寝しているのだから。

 なんて不様だ。夢の中で思わず苦笑してしまった。

 それにしたって、いつまでたっても俺は兄さんにとってまだ小さな弟になのか。背中を撫でる手の温かみを感じつつ、夢現でぐるぐると昔と今の自分を比べてしまった。

「流……なぁ寝てしまったのか」

 撫でている手の感触がふと消えたかと思ったら、今度は頭上から声が降って来たので、流石にぎょっとして覚醒してしまった。

「なっなんです?」

「あっ良かった。起きていたのか」

「いや寝てましたよ…もう…」

 頭を隠すように被っていた布団をはいで上体を起こそうとすると、それを翠に制された。

「翠?」

「なぁ流の布団に入ってもいいか」

「はぁっ?」

「……眠れないから」

「……はぁ」

 全く翠は鈍感なのか、それとも誘ってんのか。もう溜息しか出て来ないぞ。柄にもなく戸惑っている間に、翠はほっそりとした躰を強引にシーツの上へと進めて来た。

「おっおい?」

「……流、今日は僕と共に寝てくれ」

 ちょっと待てよ。「寝てくれ」てってさ、それってどういう意味だよ。あーーもう、俺が必死に我慢して静めた熱が復活してしまうじゃないか!でも翠のことだからその「寝る」は普通のおやすみなさいってことなんだろうと推測できる。

「ったく、しょうがないな。翠は……」

 セミダブルのベッドだから、男二人で横になるには少々手狭だが、俺は躰をずらして翠の寝場所を作ってやった。するりと翠の躰が入り込むと、翠の腕と俺の腕が密着した。

 昨日抱いた、愛した躰がすぐ横にある。

 これは何の拷問だ?

 だが案の定…翠はそういうことは気にしていないようで、嬉しそうに笑った。

「ありがとう。なぁ流……懐かしいな。流が小さい頃こんな風に同じ布団で眠ったことがあって。お前はよく僕の布団に潜りこんできてくれたんだよ」

「覚えていない。そんな昔のことは……」

 いやそれは嘘だ。

 本当は覚えている。何故だか母親の温もりよりも翠の温もりが恋しくて、よく兄の布団に潜りこんだこと。おねしょをしても、翠は嫌な顔一つせずに洗って一緒に怒られてくれた。

「うん、そうだね。お前が小学校の低学年の頃までかな。でも僕はいつだって嬉しかったよ。僕は本当は一人は寂しかったから」

「知っているよ。翠が一人が苦手だってこと位……」

「そうか」

「ええ、雷も怖いでしょう。暗闇も、早起きだって苦手だ」

「驚いたな。流にはなんでもお見通しか。それじゃあ……もう流に隠せるものがなくなってしまったな。昨日で僕のすべては……暴かれてしまったしな」

 昨日で暴かれた?って翠の躰のことを言っているのか。

 その一言で何かがプツリと音を立てて切れた。

「翠、誘ってるのか、それ!」

「え?」

 目を丸くする罪な顔。

「……静かに出来るか。翠」

「な……に?」

 まだ遠くで話声やテレビの音がしていた。
 丈や洋くんが起きている中、翠を抱けるか。

 俺は優しく抱けるか。
 翠は静かにできるか。

 なんだか目まぐるしい程いろんなことを、一気に考えた。

 不思議そうにぼんやりと俺のことを見つける翠に口づけをした。
 途端に翠ははっとしたように震えた。

「流、駄目だって……まだ、丈たちが起きているのに」

「翠が煽ったんだ」

「え……あ…」

 眼が泳ぐ翠の様子……もしかして、まんざらでもないのか。
 翠が求めているものは何処にある。

「じゃあ何で此処に来たんだよ。昨日の今日で俺が我慢できるとでも?長年恋焦がれた翠の躰を開いたばかりの俺なんだ。今日は負担を掛けないようにと必死に我慢していたのに」

「あ……悪かった」

「翠。昨日みたいに強引にはしない。優しくそっと触れるから許してくれないか。翠の躰をよく見てみたい」

 闇雲に焦って抱いた昨日とは違う。

 今日は静かにしないといけない分、翠の躰の隅々まで見てみたいと思った。いつも袈裟に隠れて見えない躰の内側を、よく見てみたい。

 こんな考えいやらしいか。
 それでも俺の手はもう止まらない。

 煽ったのは翠だ。

「流……」

 翠の頼りない声と脱力した躰に、その気持ちが一気に高まった。

「見せてくれよ、全て」

 俺はベッドサイドの照明のスイッチに、そっと手を伸ばした。



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...