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完結後の甘い話の章
『蜜月旅行 76』明けゆく想い
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「翠さん、流さんっ」
翠兄さんと話していると、蹄の音と共に新しく出来た可愛い弟の声が、木陰のベンチに届いた。
「お帰り洋くん、楽しめたか」
「ええ、でも暑くて、もう汗びっしょりです」
「ははっなら、また風呂にいくか」
「いや……風呂はもう充分ですよ」
洋くんは、まだ二十八歳だっけ。二十代なんて遠い昔だ。
俺にとっては、苦い思い出しかなかった。
しかし洋くんの上気した頬、汗ばんだ綺麗な形の額は、翠兄さんの若い頃にどことなく似ている。
翠兄さんとは長い間一緒に剣道を習った。剣道の試合の後、面を取った瞬間の翠兄さんの美しさには、当時、息を呑んだものだ。それにしても、いつだって本当は人についていくのが向いている性格なのに、俺達弟の先頭を切って歩かなくてはいけなかった翠兄さんのことを思うと、今更だが胸が切なくなる。
つい洋くんの顔の向こう側に、翠兄さんの若い頃を忍んでしまった。
「流さん、乗馬していたら見えたんです。午後はそこに行ってみませんか」
「え?あぁ悪い。どこに?」
上の空だったようだ。気がつくと洋くんが馬から降りて、隣に座っていた。
「向こうに動物園があって」
「動物園?」
また面白いことを言い出す。
今度は男四人で真夏の動物園だって?
でも可愛い弟の頼みなら何でも聞いてやりたくなるのが、兄の性(さが)なのか。翠兄さんも、そう言えばいつも笑って俺の言うこと聞いてくれてたよな。
兄の気持ちが、この歳になって少し分かるような気がした。
****
洋の希望で、午後は「自然動物園」という場所にやってきた。
太平洋に面する宮崎市北東部の海岸の広大な松の丘陵にあって、海風が届く自然豊かな動物園だ。色褪せた遊具が、コトコトと懐かしい音を奏でていた。
へぇ……レトロだな。これはまた随分と。
まったく動物園なんて一体いつぶりだ。
洋とつきあってから行ったことなんてないし、たぶん小学校の遠足、いや家族で上野動物園にパンダを観に行ったのが最後か。
なんだか自分が妙に場違いな所にいるような気がした。
険しい表情をしてしまっていたのだろうか。洋に心配そうに覗き込まれてしまった。
「丈……ごめん。ひとりではしゃいで、もしかしてつまらないか」
****
動物園に入ると、丈が怪訝な顔をしていた。うう……確かにそもそも動物園と丈って、似合わなすぎるよな。だからつい心配で聞いてしまった。
「いや、つまらないというのではなく、慣れていないのだ」
「そうか、俺も慣れてないよ。家族で動物園なんて、記憶にないからね。丈は家族で行ったりした?」
「あぁ小さい頃、家族で上野に行ったかな。そういえばあの時流兄さんが迷子になってしまって、家族で焦って探したんだよな」
「あっお前やめろよ。人の恥ずかしい過去を晒すのは」
流さんが焦ったような表情で、丈のことを小突いた。
「確かキリンに見惚れていたんですよね。ずっとそこから動かなかったと後から聞きましたよ」
「っつ、うるせーな。俺は背が高いものが好きだったんだ」
「なんか流さん可愛いです」
想像してみた。この新しく出来た俺の兄達の小さい頃を……
丈はどんな子供だったのか。立派な兄が二人もいたら、どんな気持ちになるんだろう。
俺にはどんなに記憶の糸を辿っても、家族で行った記憶は浮かばなかった。
「洋、どうした?」
「ん……いや、そういう思い出があっていいなって思った」
「洋、今からでも遅くないだろう?」
「そうだね。うんそうだね!現に今こうやって家族で来ているんだしな」
「可愛いこと言うよな~洋くんは!よしよし何の動物が観たいか。キリンか象か」
流さんが楽しそうに聞いてくる。
「あ、俺シマウマが観たいです」
「はぁ?なんでシマウマ?」
「いや……なんとなく丈に似てるかなと」
ちらっと丈のことを伺うと、納得いかない表情で、ブスっとしていた。
「ははっ!丈がシマウマとはな~」
そこに流さんの豪快な笑い声だけが、響いた。
翠兄さんと話していると、蹄の音と共に新しく出来た可愛い弟の声が、木陰のベンチに届いた。
「お帰り洋くん、楽しめたか」
「ええ、でも暑くて、もう汗びっしょりです」
「ははっなら、また風呂にいくか」
「いや……風呂はもう充分ですよ」
洋くんは、まだ二十八歳だっけ。二十代なんて遠い昔だ。
俺にとっては、苦い思い出しかなかった。
しかし洋くんの上気した頬、汗ばんだ綺麗な形の額は、翠兄さんの若い頃にどことなく似ている。
翠兄さんとは長い間一緒に剣道を習った。剣道の試合の後、面を取った瞬間の翠兄さんの美しさには、当時、息を呑んだものだ。それにしても、いつだって本当は人についていくのが向いている性格なのに、俺達弟の先頭を切って歩かなくてはいけなかった翠兄さんのことを思うと、今更だが胸が切なくなる。
つい洋くんの顔の向こう側に、翠兄さんの若い頃を忍んでしまった。
「流さん、乗馬していたら見えたんです。午後はそこに行ってみませんか」
「え?あぁ悪い。どこに?」
上の空だったようだ。気がつくと洋くんが馬から降りて、隣に座っていた。
「向こうに動物園があって」
「動物園?」
また面白いことを言い出す。
今度は男四人で真夏の動物園だって?
でも可愛い弟の頼みなら何でも聞いてやりたくなるのが、兄の性(さが)なのか。翠兄さんも、そう言えばいつも笑って俺の言うこと聞いてくれてたよな。
兄の気持ちが、この歳になって少し分かるような気がした。
****
洋の希望で、午後は「自然動物園」という場所にやってきた。
太平洋に面する宮崎市北東部の海岸の広大な松の丘陵にあって、海風が届く自然豊かな動物園だ。色褪せた遊具が、コトコトと懐かしい音を奏でていた。
へぇ……レトロだな。これはまた随分と。
まったく動物園なんて一体いつぶりだ。
洋とつきあってから行ったことなんてないし、たぶん小学校の遠足、いや家族で上野動物園にパンダを観に行ったのが最後か。
なんだか自分が妙に場違いな所にいるような気がした。
険しい表情をしてしまっていたのだろうか。洋に心配そうに覗き込まれてしまった。
「丈……ごめん。ひとりではしゃいで、もしかしてつまらないか」
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動物園に入ると、丈が怪訝な顔をしていた。うう……確かにそもそも動物園と丈って、似合わなすぎるよな。だからつい心配で聞いてしまった。
「いや、つまらないというのではなく、慣れていないのだ」
「そうか、俺も慣れてないよ。家族で動物園なんて、記憶にないからね。丈は家族で行ったりした?」
「あぁ小さい頃、家族で上野に行ったかな。そういえばあの時流兄さんが迷子になってしまって、家族で焦って探したんだよな」
「あっお前やめろよ。人の恥ずかしい過去を晒すのは」
流さんが焦ったような表情で、丈のことを小突いた。
「確かキリンに見惚れていたんですよね。ずっとそこから動かなかったと後から聞きましたよ」
「っつ、うるせーな。俺は背が高いものが好きだったんだ」
「なんか流さん可愛いです」
想像してみた。この新しく出来た俺の兄達の小さい頃を……
丈はどんな子供だったのか。立派な兄が二人もいたら、どんな気持ちになるんだろう。
俺にはどんなに記憶の糸を辿っても、家族で行った記憶は浮かばなかった。
「洋、どうした?」
「ん……いや、そういう思い出があっていいなって思った」
「洋、今からでも遅くないだろう?」
「そうだね。うんそうだね!現に今こうやって家族で来ているんだしな」
「可愛いこと言うよな~洋くんは!よしよし何の動物が観たいか。キリンか象か」
流さんが楽しそうに聞いてくる。
「あ、俺シマウマが観たいです」
「はぁ?なんでシマウマ?」
「いや……なんとなく丈に似てるかなと」
ちらっと丈のことを伺うと、納得いかない表情で、ブスっとしていた。
「ははっ!丈がシマウマとはな~」
そこに流さんの豪快な笑い声だけが、響いた。
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