重なる月

志生帆 海

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完結後の甘い話の章

『蜜月旅行 74』明けゆく想い

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 確かに軽々と馬に跨った洋くんの乗馬姿は、様になっていた。

 ふーん、洋くんが以前乗馬を習っていたというのは、本当だったんだな。

 よしよし危なげなく馬に跨っている。しかし、あの美貌と白馬って本気で中世の王子様に見えるぞ。夏の陽射しに照らされた明るい笑顔が眩しかった。北鎌倉に来た当初はあまり笑わず、少し寂しい印象の子だったのに、いつのまにあんな笑顔を手に入れたのか。
 
 そんな二人が黒松林の中へ消えていく姿を、翠兄さんと木陰のベンチに座り、無言で見送った。

 さてと、これでやっと翠兄さんと二人きりになれた。

 隣の翠兄さんの様子をそっと覗き見ると、バチっと目があった。どうやら兄さんの方も俺のことをずっと意識していたようだ。

 昨日の今日で、何を話してよいものか。

 丈や洋くんがいるときは平常通りを装えたものの……こうやって人気のないところで、二人きりというのは気まずいものだ。

「翠…」

「今、その名では呼ぶな」

「……っ」

 それでも二人きりの時くらい、せめて翠と呼びたくて囁くように話しかけてみると、容赦ない仕打ちを受けた。

「流に話しておきたいことがある」

 躰が柄にもなく、ビクっと震えた。なんだろう。まさか昨日のことをなかったことにするとか、そう言うつもりじゃないよな。

「昨夜のことだが……」

「……あぁ」

 やはりなのか、覚悟を決めた。しょうがない。あんなに欲しかったものを手に入れたんだ。一度だけでも一夜限りでもいいと願ったのは俺じゃないか。

 翠が昨日のことを忘れてくれと言うのなら、諦めないといけないのだろう。だが本当に諦められるのだろうか。

 次の言葉が発せられるのをじっと耐えるように待った。




「……その、ありがとう。流の気持ちをようやく受け止めることが出来て、嬉しかった」

「えっ」


 翠の言葉が未だ信じられなくて、すぐにその表情を伺うと、目元が羞恥心を隠すかの如くうっすらと赤くなっていた。

「翠……なかったことにしなくていいのか」

 翠は意外そうに首を傾げた。

「流、何故そのようなことを?」

「翠の負担になりたくないし、迷惑を掛けたくない。翠が消えてくれというのなら姿を消す覚悟だって出来た上で、俺は翠を抱いた」

「ふっ……馬鹿だなぁ流は。あれは……僕の方から流を欲したんだよ」

「翠……っ」

 目頭が熱い。男泣きだ。きっとこれは……昨夜から俺の涙腺はどこかおかしくなってしまっているようだ。夏の日差しをじりじりと浴びながら、汗と一緒に涙が一筋零れ落ちた。

「流、泣いてはいけない……泣いたらバレるだろう」

「あっあぁ、そうだな、分かった」

「外では今まで通り接して欲しい。変わっては駄目だ。誰にも知られたくない。守り抜きたいんだ。お前との関係」

「分かるよ。翠の立場……気持ち……全部分かるから、心配するな。心得ている。外では今まで通りに兄として接する」

 もうその言葉だけで十分だった。

 兄である人の躰を開いた貫いた代償は、どんなものでも受け入れる覚悟だったのだから。

「翠の覚悟、守り通して見せる」

「いやそうじゃない。僕は流が大事なんだ。流を守りたい。分かってくれ…」

 兄の決意に満ちた表情に、納得する。
 兄は……俺なんかよりも、何倍もの力を振り絞って、ここまで歩んできた人なんだ。

「人前では、たとえ丈や洋くんの前でも悟られてはいけない。仮に気が付いてもあの二人は何も言ってこないだろうが、どうか細心の注意を払ってくれ」

「翠……じゃあ……ちゃんと出来たら二人きりの時はいいのか。その……また翠を抱いても許されるのか」

「それは……」

 強引で率直な俺の言葉に、翠は頬を染めてコクンと頷いてくれた。
 それだけで、躰中にパワーがうぉぉっと漲っていくのを感じた。



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